Side A - Part 3 河川敷の先客
Phase:05 - Side A "Suzuka"
「このあとは、河川敷に下りて舗装された道を歩くんだったか」
「基本はそう。ルナールの行きたいところに行かせてる。ただ、夏場は地面で足の裏やけどしたり熱中症になったりするかもだから、早い時間に出て日陰を通らせてるよ」
「言われてみれば確かにそうだな。人間が何か着せない限り、ペットは年中素足に真っ裸だ。犬用の靴もあると聞いたが、履かせないのか?」
「靴? 人間様のサンダルをかじってむしってぶん投げるヤツに?」
「そういえば先日、パンプスを取られた流華おばさんが『それはフライングディスクじゃない!』と庭先でブチ切れてたな……」
交差点の先にあるビル数軒を通り過ぎ、私たちは改めて尾上橋のたもとを目指す。
その橋の手前、向かって右手にある横断歩道を渡って、上流側にある河川公園とは逆方向へ。数メートルほど歩いてゆけば、桜まつりの駐車場・メイン会場として整備されたエリアにつながる坂道の前に出る。
そこから河川敷へ下り、さらに三〇〇メートルほど下流にある別の橋のたもとで折り返して、来た道を逆にたどり家に戻るのがおなじみの順路だ。
「ルナール、今日はどこ行く?」
「ワン!【こっちこっちー!】」
「ちょっ――待って、ルナール! 待……っ、鈴歌! ごめん!」
「澪!」
大型犬の三歳は、人間でいうと二十六歳相当。しかもバーニーズ・マウンテン・ドッグとくれば、パワーとスタミナを持て余す若い山男も同然だ。
その有り余る力をフルに発揮し、ベルナルドは澪を引きずりながら坂を下っていく。私はすぐさま人間側に加勢、二人がかりで「止まれ!」と叫びながら彼につながる二本の命綱を全力で引っ張った。
幸い、ベルナルドは坂を三分の二ほど下ったところで足を止めた。こちらを振り返り、河川敷と私たちの顔を交互に見て【誰かいるよ】と眼下を示す。
彼に倣って道路脇に寄り、アスファルトで舗装され広場のようになった橋げた付近のスペースを見下ろしてみると――
「うわわっ! な、何?」
「澪、あれ! あそこを見ろ!」
その時、強い風が吹いた。河原を吹き抜ける一陣の風。桜並木の間をすり抜け、緑が目立ち始めた枝から春の名残を奪っていく。
その強引かつ爽やかな空気に乗って、私たちに視える世界も姿を変えた。
『ラスト一本。かかって来い』
「了解。ガチめの判定で頼むぞ」
硬い地面は青々とした芝生に、コンクリートの護岸も満員の観客席に。見慣れた河川敷の風景が、見慣れない競技場になっていく。
橋の手前には立派なサッカーゴール。その目前に臨戦態勢でそびえるのは、先ほど私たちが〈Psychic〉による検索でたどり着いたマテルノ選手だ。
そして――
「よーっし、そんじゃ……打倒マテさん! 行くぜ!」
これは、PK戦を想定したシミュレーションだろうか。鮮やかな水色と紺のユニフォームをはためかせ、金色の影が動いた。
通常、軸足をつくとされる位置に接地したのは左脚だ。リアルタイムで入ってくる生体情報から、AIは右でボールを蹴るつもりだと判断。弾道が左に寄ると予測し、その演算結果を以て防戦を試みた。
ところが、キッカーは右脚をもう一歩先の地面につけた。謀られた――と気づくもすでに遅し、逆方向に弾丸のような一発が放たれる。
「どーした、ハイランカーゲーマーAGI。まだ一発も止められてないぞ~」
『えげつない! 大人げない! こんな化け物シュートセーブできるか!』
「本物のマテさんは人間だけど止められるよ」
『俺の得意分野はホラーアクション! サッカーじゃ! ない!』
観客席が凄まじい歓声に沸いた。バーチャル守護神は担当AGIの心境を反映してか、ひどく落胆した様子で地面にうずくまったまま動かない。
仮想のスタンドに歩み寄り、両手を広げて天を仰ぐ雨乞いのポーズ。お決まりのルーティンをこなしたところで、ストライカーがこちらの視線に気づいた。
……そういえば、先ほど奴のことを調べた時、もう一つ気になる逸話があったな。
地元住民との距離が非常に近く、市街地でもほぼ変装なしでの目撃情報多数。人呼んで「会いに来るプロサッカー選手」の異名をとっていた、と。
「待ってろよ、俺の勝利給! りょーちんナンバーワン!」
こうして、私たちは大好物をエサに待ち伏せるまでもなく、朝の河川敷でサッカーに興じるたい焼き男と出くわしたのだった。




