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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:05 現実は構想よりも奇なり
98/100

Side A - Part 2 駅前にて

Phase:05 - Side A "Suzuka"

「サッカー三国志?」


「あのサッカー王国には、遠江とおとうみ(遠州)・駿河するが・伊豆と廃藩置県前の旧国名に沿った区分けが今なお存在し、派手にやり合っているらしい。有力選手が進学などを機に区をまたぐ移籍をしようものなら、血で血を洗う争いが勃発するのだとか」


「……ネタだよね?」


「業界でまことしやかにささやかれている話だそうだ。たい焼き男を追いかけている大林なら、もっと詳しく知っているかもな」



 この先は住宅地のため、急激に道幅が狭くなる。が、ここは逢桜あさくら駅前や川を越えて役場方面へ向かう車の抜け道になっているため、道中で特に気をつけるべきエリアだ。

 なぜそんな危険な道を通るのかというと、私たちも理由は同じ。車が少ない時間帯で、犬を連れて河川敷に向かう最短経路であるからだ。


 ベルナルドを先頭に、リードを持つ澪がその後ろ。私はたまに背後を振り返りつつ、最後尾からついていくことにした。



「うわぁ……小林くん、宮城県民でよかったね……」


「たい焼き男は駿河、対するマテルノ選手は遠江。地区単位で互いをライバル視してきた選手同士だ。そのうえストライカーとゴールキーパー、素行も性格も正反対とくれば――」


「意識すんなっていうほうが無理では?」



 道の突き当たりにある踏切を渡り、次の角を右へ。小さな飲食店や個人商店が連なる駅前通りを進むと、一五〇メートルほど進んだところで右手の視界が開けた。


 町の封鎖によって通過駅になったため、普段は人の姿がないJR逢桜駅。手前にある町営駐車場越しに、小ぢんまりとしたプラットホームが見える。

 ガラス張りのレトロな三角屋根が特徴的な駅舎は、久しぶりに町外からの客を迎え入れるべく、早朝から明るい雰囲気を漂わせていた。



「おお、駅員えぎいんさん。今日、電車停まるすぺ(でしょ)?」


「はい。始発から平常どおり動いてます。逢桜に停まるのは上りが九時発の白石行き、下りが九時二分発の仙台行きからですね」


「あ~ら区長さん! 駅員さんもお揃いで。桜まつりほどじゃないけど、忙しくなりますね~。なにかありましたら、そこの駅前交番まで!」



 駅舎の西側に広がる駅前広場では、杖をついた白髪の行政区長と臨時で来ている駅員の男性二人が立ち話をしている。そこへ交番から出てきた女性警察官が加わり、他愛もない世間話に花を咲かせた。

 私たちは広場に向かわず、その手前で左折。角地のカーシェアリング駐車場と八百屋の前を通過し、その隣――やや年季が入った茶色い外壁の雑居ビルに目当ての看板があるのを見つけ、足を止めた。



「……ここか」



 澪と私は同時に声を上げ、天を仰いだ。通りに面した建物の一階には、ふたつの店が軒を連ねている。

 向かって右側三分の一を占める、手狭なほうが大家の店だ。看板と窓ガラスの一部に、少し色あせた緑色で【土地・建物の売買・賃貸・仲介 羽田不動産株式会社】とある。

 車椅子(いす)の邪魔にならぬよう必要最低限の家具しか置いていないのか、片引きの自動ドア越しに見える事務所の中はかなり殺風景だ。



「大家には悪いが、入口から閉塞へいそく感と圧迫感、その他諸々のネガティブなイメージが漂ってくる。入るのがためらわれる雰囲気だな」


「そう? あたしはかえって中の様子が気になっちゃうな。ほら見て、自動ドアのとこに貼ってあるシール。可愛くない?」



 澪の指差した先には、黄色地に黒で描かれたヨウムの絵と【鳥がいます PARROT IN OFFICE】の文言を添えた警告シールがあった。

 そういえば昨日、あのアンリとかいう鳥が事務所にいるととれる発言があったな。となると、大家は毎日ペット同伴で出勤しているのだろうか。


 それはさておき――可愛い? 可愛い……のか、これが。どう見ても冷やかしと羽毛アレルギーお断りなイラストにしか見えないぞ。



「……どこが?」


「鈴歌ってば、まーたそういうこと言う! 犬でも猫でも鳥でも何でも、ペットが可愛くないわけないじゃん。ねー、ルナール!」


「アウ? 【ん? なになに?】」


「んーん、なんでもない!」



 あくびをするベルナルドのリードを握ったまま、私たちは隣の店に目を向けた。

 青地に黄色い文字で【咲き誇れ! VFC逢桜ポラリス】と書かれた看板の下にある自動ドアには、近日オープンの張り紙がしてある。

 こちらは銀行のような受付カウンターと事務机が設けられ、事務所の奥には白い布で覆われた選手の等身大パネルらしきものが置かれているのも確認できた。


 なお、この場所は公式グッズの販売拠点にもなるようだが、現時点で肝心の売り物が一つも見当たらない。どういうことだ?



「あれ? 今週末デビューなのに、まだ準備中なんだ」


「ここは現在、クラブの運営事務局事務所としてのみ使われているようだ。一般向けの開放はまだ先らしい」


「観戦チケットはやっぱ完売かー。公式グッズも……おおぅ、ほとんど【SOLD OUT】のシールが貼ってある。りょーちん加入効果すごいな」


「在庫のないものは、転売対策で受注販売を行っているのか。インターネットのほか、このビルの二階にある店でも予約を受けつけているらしい」


「二階?」



 そこでようやく、澪もポラリス事務所の左脇にある幅の狭い階段に気づいたようだった。来た道を少し引き返し、階段の上り口左側に掲げられた小さなクリーム色の看板に近づく。

 【キッカーズダイナー 前途洋々】。昨夜、たい焼き男から大林経由で「日曜日の午前九時にここへ」と待ち合わせ場所に指定された店だ。



「そっか、日曜の集合場所! 見た感じ、サッカー観戦が売りのお店っぽいね」


「営業案内によれば、夜間は酒類の提供がなされる。夜六時以降、二十歳未満入店禁止の規制がかかる店だ」


「じゃあ、これで【前半戦】とか【後半戦】って書いてある時間帯はオッケーなんだ。今日は河川公園に行く用事があるから、今度個人的に来てみようかな」


「河川公園?」


「今日、キッチンカーエリアに静岡のたい焼き屋さんが来るって聞いたからさ。そこで張り込んだらりょーちん捕まえられないかなーと思って」



 何だって? それは確かか? 確かなら私も予定を改めねば。奴が必ず現れる保証はないが、一般人の澪でさえ知っていることをマニアが知らぬ道理はない。

 昨日、徳永さんからたい焼きをもらった時の喜びようを考えても、見に行ってみる価値はあるぞ。



「む……今日は学校に行くつもりだったが、私も河川公園へ向かうとしよう」


「ん? ねえ鈴歌、あたしの記憶が正しければうちの学校――」


「細かいことは気にするな」



 追及が飛んでくる前に、私は川のほうに向けてさっさと歩き出した。交差点の歩行者用信号ボタンを押し、シグナルが青に変わるのを待つ。

 羽田不動産前で少し時間を食ってしまったため、現在時刻はおよそ七時四十三分。家を出る時冷えていた空気が、春の朝日を浴びて熱を取り戻しつつあった。

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