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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:05 現実は構想よりも奇なり
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Side A - Part 1 あさんぽに行こう

Phase:05 - Side A "Suzuka"

【鈴歌さーん 七時ですよー】


【幼なじみを独りで犬の散歩に行かせようというのかねチミは?】


【ねーるーなー!】



「……うるさい」



 ――翌朝。予告どおり、午前七時きっかりに澪から怒涛どとうの〈テレパス〉連投があった。その数実に十数件、その数実に十数件、ヤンデレストーカーの領域である。

 私の両親はまだ暗いうちに出勤したようで、家の中は静まり返っている。本当はタヌキ寝入りを決め込み惰眠をむさぼりたかったのだが、こういう時の澪は放っておくと後々面倒になる――と、私は経験則から学んでいた。


 私は【玄関前で五分待機】と返信し、渋々ベッドからい出る。衣装ダンスの引き出しを開け、底の方から引っ張り出した服を着て……ああ、超絶めんどくさい。



「……お待たせ」


「お、五分きっかり。やっと来、た……?」


「ワウ?【どしたの?】」



 寝ぼけまなこで玄関に現れた私を見て、澪はあきれ顔になった。これから運動するんだろう? ジャージはTPOにかなっているはずだが。

 それとも……ああ、卒業して学籍を失った中学校のものを外で着るなと? 関係者に見つからなければいいだけの話だ。どうということはない。



「自覚あるだろうから本題には触れないでおくけど、なんで三年間着たジャージがそんなキレイなの? さっき出してきたばっかです、って言われても疑わないよ」


「当然だ。体育の授業はほとんどサボっていたからな」


「自慢げに言うな! 体育って必修科目じゃん、そんな態度でどうやって赤点回避したの?」


「レポート課題と期末の筆記試験だ。実技はからっきしでも、頭脳労働なら私の得意分野。基本的な技術論セオリーさえ理解できれば、トレーニングや戦術分析といった分野で役に立てると自負している」



 私の返答を聞いた澪はニヤリといびつな笑みを浮かべ、ベルナルドの首輪と胴のハーネスにつないだ二本の太いリードをしっかりと握り直した。

 足元で「お座り」の姿勢をとって待つ大型犬が、口にこそ出さないが【まだなの?】と言いたげな目で飼い主を見上げる。



「ふ~ん、頭脳労働ね~。そんなに自信あるなら、ポラリスの戦術コーチでもやってみる? AIがダウンしたとか何とかで、それっぽいシナリオ書いたげよっか」


「ポラリスはプロチームだぞ。町の関わる事業として費用対効果、ひいてはクラブ自体の存在意義がごく短期間で問われる状況下において、そんなふざけたことができるものか」


「あたしの構想にはない展開だけど、やっぱ町おこしって意外性とインパクトがなきゃダメだと思うのよ。その点、りょーちんと大家さんは納得できる根拠を示せば協力してくれそうじゃない?」


「サッカーは十一人でするものだ。仮にたい焼き男と大家が納得したとしても、残る九人の選手はどうやって説得する?」


「うっ……」


「最大の難関は徳永さんだ。一徹おじさんと高野さんはどうにか丸め込めても、あのゼネラルマネージャーが首を縦に振るとは思えない。やれ前例がないだの、リスクがどうのなどと言い出してあえなく却下されるだろうよ」



 澪が口を開きかけたところで、ベルナルドが「アウ~……」と遠吠えのような声を上げた。頭上の吹き出しには【ま~だ~?】とある。

 朝の散歩(あさんぽ)を楽しみに起きてきたであろうに、人間の都合で長時間待たせてしまってはかわいそうだ。私たちは彼に謝り、まだ冷たさが残る空気の中をゆっくりと歩き出した。



「ところで……ポラリスの話で思い出したが、発表のあったイレブンのうち実体があるのは三人。たい焼き男と大家、そしてたい焼き男の元同僚がゴールキーパーを務めるらしい」


「それってもしや、手代木てしろぎさんが言ってた『浜松の先輩』? あたしの気のせいじゃなければ、りょーちんちょっと怖がってたっぽい」


「奴が恐れる選手だと? 有意義な情報だ。〈Psychic(サイキック)〉に調べてもらおう」



 法務局前の県道に出、幅の広い歩道を横並びで通行しながら、私は〈Psychic〉へ情報検索を命じた。

 どうやら【りょーちん 先輩】に続く検索ワードの候補に【怖い】が出るほどサッカー界では有名な人物のようで、二秒とかからず簡潔なAI要約込みで検索結果が表示される。


 東海ステラの正ゴールキーパー、マテルノ聖矢まさや。守護神にふさわしい筋骨隆々とした色黒の巨漢、強面こわもてが特徴の日系ブラジル人だ。

 掛川生まれの浜松育ちで、趣味はツーリング。たい焼き男も大型バイクを持っているため、オフの日は一緒に出かけることもあったという。



「ふんふん。外国にルーツのある選手同士、仲よかったのかな」


「元同僚の証言によると、二人が練習場で顔を合わせるたび『おい佐々木! ナメとんのかおんしゃー!』とピッチに怒号が飛んでいたそうだ」


「ガチで険悪なやつじゃんそれ! なんで連れてきたのお父さん!?」


「マテルノ選手はクラブ屈指の硬派で、たい焼き男を風紀面から問題視していたのでは、との指摘もある。以上、AIの要約から引用」


「あー……評判のわりにトラブルなくて、試合で結果出してるからってチャラいの黙認されてるりょーちんが気に入らないんだ。あたしも正直あのノリはキツい」


「そうか。 ……そうか」


「なんで嬉しそうな顔してんの鈴歌?」



 信号が変わるのを待って、法務局前を直進。中学時代の通学路と同じ、踏切を越えてJR逢桜(あさくら)駅前広場を通り、河川敷へ向かうルートをたどる。

 ベルナルドと行く朝の散歩は、往復一時間ほどで帰って来られるこの道順が定番となっていた。


 その道中には、羽田不動産とVFC逢桜ポラリスの事務所がある。私たちは、通りかかったついでに周辺の地理を現地調査することにした。

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