内調機密指定『徳永文書』 Part 4
NSC――国家安全保障会議。日本にとって国家安全保障上の懸念や大災害が生じた時、緊急的に召集される危機管理対策チーム。本部を首相官邸内に置き、通常はその主をトップとした中央省庁の大臣と長官級の官僚で構成される。
だが、完全自律型AIによる大規模かつ同時多発的な生体ハッキング、及び都市全体の乗っ取りという彼らの想定をはるかに超える異常事態を受けた今回は、様相が大きく異なっていた。
(海外のスパイ・アクション映画には、国家元首が主人公を直接呼びつけ『ちょっと世界を救ってこい』から始まるパターンがあるが……まさか、それと似たようなことが我が身に降りかかろうとはね)
隼人は元々、前任の首相から局長経由で「あるモノを見張れ」との指示を受け、首相官邸を拠点としてそれの監視にあたっていた。
しかし昨年四月、逢桜町の事件を機にトップが退陣。入れ替わりで官邸にやってきたのが、史上最年少の〝くじ引き首相〟小野瀬榛名である。
『久しぶりだな。大学以来か?』
『実に二十数年ぶりの再会だね。して、元同級生の総理が自宅待機中のスタッフに何の用向きかな?』
『政府と国会を無視して〈エンプレス〉に宣戦布告した手前、お咎めなしというわけにはいかない。お前の処遇を決めたから、心して聞け』
『いいとも――それで? 免職か、更迭か?』
『おめでとう、栄転だよ。お前には、国が支援する地域振興プロジェクトの監督官として逢桜町へ潜入してもらう』
彼は就任早々、事件から七日間の謹慎中に逢桜町へ居を移した隼人をオンラインで官邸の執務室に召喚。その場で〈特定災害〉対策の有識者と認定したこと、対〈特定災害〉特別措置法の規定に基づき「執行官」の長へ任命したことを告げ、正式に町への派遣辞令を交付した。
その直後、今度は防衛省に通知を出して四弦を町に呼び寄せた。彼女の母親が高野建設の会長であることを隼人が知ったのは、身辺調査――をするまでもなく本人がそう語ったからである。
『我々の派遣について、宮城県知事と町長には総理直々に話をつけてあるそうだ。まあ……これからよろしく頼むよ』
『なぜ、ですか。なぜ……』
『人事に抗議したい気持ちはよく分かる。だが、身体に〈五葉紋〉が出た時点で我々の命運は決していた。東京よりは不便でもコンパクトな街だと思えば――』
『なぜ、自分の上司がどこの馬の骨とも知れぬ事務官なのですか! 高野建設会長の娘ですよ自分は! もっとマシなのをよこすべきでしょう!』
『私は技術職だよ高野君。あと、言い忘れたが防衛大臣と統合幕僚長の〈テレパス〉個人ID知ってるから、両名に直で抗議入れていいかな?』
現地に手ごろな駒を送り込むと、首相は党内外の根強い反対を押し切り、現実世界に拠点を持たない新興サイバー民間警備会社と国家安全保障に関わる契約を結んだ。いかに緊急事態であろうとも、通常は考えられない対応である。
この協力者こそが、他ならぬアステラシア社。潤沢な資金でマキナを製造し、試験運用中だという人材派遣サービスで七海を高校に送り込み、落ちぶれて解散寸前だった東海ステラごと天才ストライカーを買い上げてしまった企業だ。
『保護対象は来年、逢桜高校へ進学する予定だ。一ノ瀬君は先輩として一足先に、同級生役の工藤君は同じ志望校を目指す他校の中学生に扮して、情報収集と彼女のボディーガードにあたってもらう』
『かしこまりました。善処します』
『でもさぁ、町内の学校は全部〝防災結界〟で護られてるんしょ? そこまで警戒する必要なくない?』
『甘いね。首謀者をうまく隠して、集団で陰湿なイジメを仕掛ける。特措法のせいで進路を断たれた生徒が、彼女を逆恨みして襲いかかる――悪いシナリオなど考えたらキリがない』
『マジか。ハヤトん警戒心高すぎわろた』
『備えあれば憂いなし、というやつだよ。私もできる限りの協力はするが、キミたちも気を引き締めてかかるように』
ところで、同じ頃に謹慎を表明し東海ステラを離脱した良平はというと、町の中心部から少し離れた国道沿いのウィークリーマンションに身を潜めていた。
移籍先をステラの系列チームと位置づけ、逢桜町には現実世界での練習につき合える人間がいないという理由で、古巣の合同練習へリモート参加できるようにする。
河川敷のサッカー場を一般利用者と兼用のホームスタジアムとして整備し、地域住民と積極的に交流を図ることで、表向きの町おこしにも寄与してもらう――。
そうした内容で荒れに荒れた関係各所との移籍協議がまとまり、エースストライカーの生活が安定しだしたのは六月になってからのことであった。
『――というわけで俺、ショウん家に引っ越しました!』
『おめでとう。念願かなっての同居スタートだね』
『ちがーう! なんでてめえも悪ノリしてんだ、ゼネラルマネージャー! 俺とシャルルはなんもないっつってんだろ!』
『正一君、キミも経営者なら分かるはずだ。良平君ほどキミを想い、護ってくれる人物はこの先もそう現れまい。お互いの存在がプラスに働くなら、なるべく近い距離にいたほうが得だと思わないか?』
『うっ……』
『お言葉ですがGM、この男は俺のマスターに(自主規制)円の借金が――』
『よーしセナ、そこに浮いてろよ~。そのまま俺の脚で星になれオラァ!』
『ね?』
そして――政府はこの春、内調きってのサムライエージェントを筆頭に、満を持してNSC直属の〈エンプレス〉対策専門部隊を立ち上げた。
日本史上例を見ない官民共同、少数精鋭、治外法権を持つ秘密組織。先ほど公用車に乗り合わせた四人の男女は全員がそのメンバーであり、国家規模の荒事に足を突っ込んだ関係者ということになる。
『このたび、NSC〈特定災害〉対策班長へ就任した徳永だ。これから我々が挑むのは、古今東西前代未聞の強大な脅威。それでも、キミたちのような頼もしい仲間と仕事ができることを心強く思う』
『班長。ご挨拶は手短にお願いします』
『なにヤジ飛ばしてるの高野さん!? この人の上司、小野瀬総理だよ!』
『あはは、役場のおじさん大変そ~。ウチもなんかワクワクしてきた』
『そうですね。わたしのコアCPUも少し熱を帯びているようです』
『では、兄弟チームにあたる東海ステラの流儀に倣って、我々ポラリスも気勢を上げるか。良平君』
『はいは~い。それじゃあみんな、円陣組んで~。和製コンコルドの衝撃波で鼓膜ぶち破られたくなけりゃ、おとなしく〈Psychic〉の字幕をオン、音量最小にしてくださいね~』
『お前どんだけデカい声出す気なの!?』
彼らはこの一年、水面下で策を練りひそかに事を進めてきた。澪が高校生になったタイミングで手を組み、暴虐非道な女帝を捜し出して叩くために。
『逢桜! ポラリス――!』
『ナンバーワン!』
こうして、NSC〈特定災害〉対策班はバーチャルサッカークラブ〝VFC逢桜ポラリス〟運営事務局の皮をかぶり、正式に活動を開始した。
三月二十七日、奇しくも〈黄昏の危機〉発生からちょうど一年後。澪が逢桜高校へ入学する五日ほど前の出来事であった。




