内調機密指定『徳永文書』 Part 1
公務員とは公人である。公人とは利益を追及せず、全体の奉仕者となることを日本国憲法に誓った者である。
職を離れるその日まで、あるいは離れてからも形を変えて、社会に尽くす覚悟を持った者たちのことである。
そんな彼らが扱う文書は二種類ある。公文書と私文書だ。前者は彼らが職務上、仕事の一環で作る公式の文書。後者はそれ以外の私的な書類を指す。
つまり公文書とは、公人が公務員として公的な内容を記したもの。発番……発出番号を取って上司の決裁を仰ぎ、公印が押されたものは当然だが、内容次第では個人が取ったメモ書き程度の記録まで公文書として扱われる場合もある。
「――市川晴海。彼女は〈エンプレス〉に肉体を奪われ、人類史上初のデータ人間となった。この『市川文書』は、彼女がバーチャル公務員として逢桜町の広報担当になってから記されたものだ」
『説明しろ。お前は状況を正しく認識していながら、なぜそれがインターネット上へ流出することを黙認している?』
「泳がせておけ、と他ならぬあなたのご指示があったもので。すでに政府の手が入った偽の情報をそうとは知らずにつかまされ、考察ごっこに熱を上げる国民が哀れでならないよ」
『ふん……心にもないことを』
この先三年、累計で四年間にもわたり宮城県逢桜町で続いた一連の混乱、その裏で暗躍する行政の現場を克明に記録した『徳永文書』。複数の関係者から聞き取った証言をもとに、俯瞰視点から内容を再構成したもので、当時この町で指揮を執った作成者の名を取りそう呼ばれるようになった。
なお、当該文書の作成は日本国首相・小野瀬榛名の意向によるものといわれているが、本人は頑なに否定している。
いずれにせよ、この資料は事件後に内閣府の機密指定を受け、当時の状況を知る貴重な公文書として取り扱われるに至ったという。
『まあいい、引き続きその女も動向を監視しろ。それと――アレはおとなしくしてるだろうな?』
「びっくりするほどいい子だよ。高野君は対応を誤り激怒させたがね」
『えっ、ちょ……大丈夫かそれ!? 防衛大臣からは死人出たって話聞いてないが、お前が揉み消したんじゃないだろうな!』
「うんにゃ? 出とらんから報告せんかったんじゃ」
『唐突に鹿児島弁しゃべり出すのやめろ、だから胡散臭いって言われるんだよお前! もういいから〈テレパス〉切って仕事戻れ、じゃあな――徳永』
「はいはい。適度に頑張りますよ、小野瀬総理大臣」
すべては、この町に暮らす町民のために――。
『徳永文書』が示すのは、町民があずかり知らぬもうひとつの戦い。様々な想いを胸に駆け抜け、最後まで社会の守護者であり続けた人々の記録である。




