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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:04 動き出した歯車
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Side C - Part 2 言いたくて、言えなくて

Phase:04 - Side C "Suzuka"

「お母さん、帰ってるね」


「なんでいるのぉぉぉぉぉ!?」


「いや、いるでしょ。自分ちなんだから」


「そうじゃなくて、なんでこんな早く帰ってくるのって話! ザンギ揚げながら帰りを待って、食後に落ち着いたら話す完璧な計画がぁぁぁぁぁ!」


「うちの両親もいるようなので、私は自宅に帰ります。送っていただき、ありがとうございました」



 新学期が始まったばかりの学校は、ただでさえ忙しい。そこに磁気嵐警報が飛び込んでくれば、教職員は児童・生徒を守るべくすべてを投げ出し、最優先で〈モートレス〉の対応にあたる。

 ましてや、おばさんは小学四年生の学年主任。心身ともに大きく成長する時期を迎え、何かと難しい年頃の子どもたちをうまく統率している。教師としての信頼は厚いはずだ。


 そんなスーパーでパワフルな女傑のことだ、きっと遅い時間まで頑張ってくるだろう――と一徹おじさんは読んでいたようだが、その目論見もくろみは見事に外れたらしい。



逢桜高校アサコーに寄って、あたしと鈴歌を拾ってる間に帰ってきたんだね」


「うう……心臓に悪いよ。どう切り出せばいいのやら、まだ心の準備が……」


「いつまで経っても話せずに、取り返しのつかないことになるパターンだよそれ。もういい、あたしは勝手に鍵開けて入るから。あとは自分で頑張ってね」


「ちょっ、待って! 待ってってば、澪――!」



 このメゾネットはキーレス式、掌紋しょうもんと顔認証で鍵が開く。澪はおじさんの制止を聞かず、玄関ドアの取っ手を握ってその上にあるカメラを見つめた。

 ドアハンドルの上にあるセンサーライトが赤く光り、軽快な電子音とともに緑色へと変わった。内鍵の回る音に続いて、慌ただしい足音が近づいてくる。



「お母さん、ただい――」


みお! 無事でよかった!」



 朝見たスーツ姿のまま目元を赤くした流華おばさんが、完全に開ききらない扉から飛び出してきて、娘をきつく抱きしめた。

 次いで、戸の隙間から黒く大きな影がすり抜け、二人の足元にまとわりつく。普段はビビりであまり玄関へ出たがらないベルナルドも、家族のただならぬ雰囲気を察知して迎えに来たようだ。



「ワンッ、ワン!【ミオ! おかえり!】」


「……ただいま、ルナール。出迎えありがとね」



 娘の後ろで立ち尽くした町職員が、声にならない声を漏らす。おじさんの顔から見る間に覚悟が失われていくのが私にも分かった。

 言えない、言えるわけがない。今のおばさんに真実を伝えるのは、あまりにも酷だ。



「流華さん、僕――」


「アンタもだよ一徹、よく帰ってきた! あんまり遅いんで死んだかと思ったよ」


「失礼な! 僕は危ないことしてないって今朝言ったでしょ。駅前ビルの指定避難所運営しながら、収まるまで籠城ろうじょうしてたんです!」


「冗談だよ、おかえり。ホントに……本当に、よく帰ってきてくれたね」


「っ……うん。ありがとう、ただいま」



 流れるように、もっともらしい嘘をつく。それは、この春まで一年間ずっと〈特定災害モートレス〉対策の最前線に立ち続けておじさんが身につけた、優しさゆえの悲しき方便だった。

 おばさんは疑いもせず、安心した様子で目元をぬぐう。夫の目が潤んでいる理由が「無事に帰ってこられて気が緩んだから」だけでないことには、おそらく気づいていない。


 と、玄関先での騒ぎを聞きつけたのか、隣家のドアも開いた。私の家だ。中から両親が姿を現し、顔色ひとつ変えない私を見て安堵あんどともあきれともつかぬ嘆息を漏らす。



「鈴歌……送っていただいたのか。いつもすみません」


「あっ、どーも純之介じゅんのすけ先生! 鶏の唐揚げお好きですか? ウチ、今から夕飯なんですよ~。よかったらご家族と一緒にどーぞ」


「唐揚げじゃないから! ザンギだよ、ザンギ!」


「喉元過ぎれば同じでしょうが」



 郷土料理は、その土地に暮らす人間が愛着と誇りを持ち守ってきた文化のひとつ。宮城県民の作る豚肉にみそ味、シメにうどんの芋煮を指して「里芋を入れただけの豚汁」と言うのがご法度はっとなのと同じように、北海道出身の一徹おじさんにとって鶏の唐揚げとザンギはまったく別物なのだ。


 余談だが、牛肉にだし入り醤油しょうゆ味でシメはカレーうどん(山形風)や、具材がキノコまみれで肉と味つけの種類は問わない(福島風)といった他県の芋煮を引き合いに出すと、一般人に紛れた芋煮過激派の機嫌を損ねる場合がある。東北南部三県出身者を相手に芋煮の話題を持ち出す時は、くれぐれも気をつけるように。

 あと、山形県民とはごくまれに蔵王山の帰属を巡る論争も勃発する。この点については、同じことを日本一高い山でやっているたい焼き男の心境が分からなくもない。



「旦那さん、北海道のご出身でしたっけ。じゃあザンギですね」


「ほらー、あずさ先生もわかってらっしゃる! 道産子どさんこリスペクトがないの流華さんだけだぞ」


「はいはい、すいませんね。よ揚げろや」


「人の話聞いてた!?」



 しばらくとりとめのない会話をしたあと、私たちはそれぞれの家に戻った。夜勤明けの両親と何を話したのか、今となってはもう覚えていない。

 車内での重苦しい雰囲気を知る私の不安をよそに、川岸家はずっと静かだった。おすそ分けのザンギを家族でつつき(とてもおいしかった)、自室で父に借りた医学書をペラペラめくっている時も、隣家は至って静かだった。

 九時半頃に少しだけ騒ぐ声が聞こえたが、すぐに止んだ。やんちゃ坊主のベルナルドが何かしでかしたことによるものだろう。


 そうして、特筆すべき動きがないまま時計は夜の十時を回った。入浴を済ませてパジャマに着替え、入眠のためシャットダウンしようとしていた〈Psychic(サイキック)〉に澪からの着信が入る。

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