Side B - Part 7 夢のつづき
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
「では、澪と鈴歌ちゃんは僕が送って帰ります」
「頼んだよ。高野君は私が引き受けるが、工藤君はどうする?」
「ん~……しーちゃむとバトらないなら、ハヤトんの車にお邪魔しま~す」
「ハヤトん!?」
オレとりょーちんのツッコミを意に介さず、工藤はカバンを抱えて我が物顔で軽バンの後部座席に乗り込んだ。さっきまでハネショーたちが乗ってたやつで、よく見ると車体の両側前ドアに【逢桜町】と書いてある。
「争い事なら、もうお腹一杯だ。この車は公用車だから、役場までしか使えない。途中で私の車に乗り換えることになるが、構わないか?」
「おけおけ。あ、ウチ勝手に後ろ乗っちゃったんで、しーちゃむは前ね」
「……はあ」
ずっと黙ってた高野さんが、特大のため息をついて助手席のドアを開ける。徳永さんは羽織を脱いで後ろのラゲッジルームに刀をしまい(その際、工藤に「触ったら銃刀法違反になるよ」と釘を刺していた)、手早く着物にたすきを掛けると下駄を靴に履き替え、運転席に回った。
すげーなこの人、和服で車運転すんのか! しかも結構慣れてる感じ。
「お先に失礼するよ。皆、夜道に気をつけて」
「……お疲れさまでした」
「それじゃあみんな、おっさきぃ~!」
開けた窓から笑い声を響かせる金髪ギャルに向け、オレも手を振って見送った。車が左に曲がって見えなくなると、今度は川岸と水原が出発の準備を整える。
「今日はありがとう、小林くん」
「オレは大したことしてないよ。〈エンプレス〉に攻撃当てられたのは、川岸の筋がよかったからだ。来週の休みにでもゲーセン行って練習する?」
「父親の目の前で娘をナンパするとはいい度胸だな、チャライカー二号。サッカー班の〝じきたん〟掲示板に不純異性交遊を密告してやる」
でぇぇぇぇぇ!? 何ヘンなこと言っちゃってんの水原、オレと川岸は別に何もないっつーの! 親父さんに誤解を与えるんじゃねえよ!
「ご、誤解ですお父さん! オレ、娘さんとはただの、フツーの健全なお友達で!」
「そっかぁ、澪も今日から高校生だもんね……そういうこともあるかぁ……」
「鈴歌! お父さんも悪ノリしない! ……ほんっとごめん」
「いいっていいって。じゃあな二人とも、また来週!」
茶色いタントを送り出したところでふと気づいた。みんなオレに「乗ってく?」って訊いてくれないまま帰ったことに。
いや、違う。正確にはまだ、りょーちんが残ってる。でも今、ハネショーとめっちゃいい雰囲気じゃん? 手代木マネとペットもいるし、オレ、お邪魔虫じゃん。
第一、サッカー日本代表の現役エースストライカーと最強幼なじみのバディが完全プライベートで乗る車に、フツーの高校生が同乗させてもらえるなんて奇跡ある?
「おーい、きみたか? 何してんだおまえ、みんな帰ったぞ」
「あ、はい。オレも帰りま……え?」
「もう暗いだろ、寮まで送ってやる。ついて来い」
「――と偉そうにふんぞり返ってるそこのシャッチョサン、おまえも俺の運転で俺の車に乗っけてもらう側だからな?」
そうやって一人でモヤモヤしてたら、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
奇跡だ。ウソみたいな奇跡、ホントにあった! オレ、この二人と一緒に帰れるってことでいいんだよな!?
「その……本当に、いいんですか?」
「また会おう、って言ったろ? あの時俺に言いそびれたこと、改めて聞かせてくれよな」
「えっ、ええっ? あのっ……りょーちん、今なんて――!?」
それと、りょーちん――オレのこと、下の名前で呼んでくれた。初めて会った日のこと、最推しが憶えててくれたんだ!
どうしよう。ヤバい。これ以上話しかけられたら涙腺崩壊する。今日は人生最高の日だ。週明け、川岸に会ったらハンカチ渡してめっちゃ感謝しなきゃ!
「うおぉぉぉぉ、富士山ナンバー! かっけぇ……!」
『富士山ナンバーは山梨にもあるが、あちらは赤富士が描かれている。こちらは山が青く、茶畑が一緒に描かれた静岡らしい絵柄だ』
「ショウを乗せる福祉車両への改造を頼んでたんだけど、整備間に合わなくてさ。これはその代車で実家から借りてるやつなんだ。ほら」
「【有限会社 佐々木自動二輪工業】と……【たい焼き みゆき】?」
『マスターの実家がバイク屋を営んでいることはファンなら履修済みだろうが、その事務所で焼いているたい焼きも評判なんだ。県外に実店舗がないことから、人呼んでたい焼き界の〝さわやか〟とも』
「そんな大層なもんじゃないって……でも、機会があったら一度は食べてみてくれよ。絶対後悔させないからさ」
手代木マネの解説を聞きながら黒いステップワゴンの車体横を見ると、りょーちん家の家業の屋号と【自家用】の表記、そしてたい焼きの絵があった。さほど珍しくない車種でも、ドライバー補正でカッコよさが増して見えるな。
助手席はハネショーの指定席らしいので、オレはテールゲートからチャリを積ませてもらって、ヨウムのいる中列席にそろそろと滑り込んだ。
「乗ってもらった後で悪いんだけど、おまえ羽毛アレルギーある?」
「ないです。ないけど……ハネショーさん。この鳥、結構怖くないですか?」
「あ?」
「だって、脚太くてがっしりしてるし、ずーっと目ぇ引ん剝いてるし。地味なグレーのうろこ模様ってのも、猛禽類みたいじゃないですか」
正直に「怖い」って言っちまったのを聞き逃さず、飼い主が凄む。その眼光に一瞬怯みながらも、オレは気を取り直して言葉を続けた。
「キレんなってショウ。俺も初めてアンリに会った時は怖かった」
「リョーチン、アンリサン、怖クナイヨ」
「知ってる。極彩色の真っ赤な尾羽がチャームポイントなんだよな。おしゃべり好きな子どもだと思えば、ギャップ萌えでだんだん可愛く見えてくるぞ」
「ン~」
「そ、そうでしょうか……」
りょーちんがブレーキを踏み込み、エンジンのスタートボタンを押した。その音と振動に反応してか、オレの隣で何やら唸っていたアンリが幼い女の子の声で歌い出す。
「安心安全ナ合法ドーピング。タイ焼キ、ミ・ユ・キ」
「尾羽が色鮮やかで、音域とレパートリーが多いしゃんべーほどヨウム界ではイケメンらしいけど、とうとう作曲までし始めたぞアンリ氏」
「お? CMソングに採用するか? じゃあ契約料と著作権料払え。飼い主に」
『プロサッカー選手の実家にドーピングって歌詞使う時点でボツです社長』
今日、予想外の形で叶った夢はまだ覚めない。これから寮に戻るまでのあともう少し、豪華なアディショナルタイムが続く。
どうかこのまま、時間よ止まれ――。オレは興奮冷めやらぬまま、夜の学校をあとにした。




