Side B - Part 6 シリアスブレイカー
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
「あたし、大家さんに謝らなきゃ……そんなことになってるって知らなくて。今朝、女の人に囲まれて動けなかったって聞いた時、無神経に聞き流して……!」
「そんな気にしなくて良くない? 女のコってだけで無理なら、視界に入った時点で『来るな!』って言うっしょ。みおりんは信用されてたんだよ」
と、ここで川岸が急に泣き出した。ワケを訊くと、どうもハネショーとの間で配慮に欠けたやり取りをしちまって、そのことを気にしているらしい。
結果だけ見れば、確かに「知らなかった」では済まされないな。でも、相手は女の人苦手だって黙ってたんだろ? あっちの抱える事情を知らなければ、誰だって変な意識や先入観を捨てて接しようとする。
大家だから、障害者だからって身構えられるのが嫌だった。ハネショーは「普通のお兄さん」として、川岸と話がしたかったんだよ。
「彼女の言うとおりだ。正一君はキミたちが女性であるとしても、許可なく身体に触れない、信用に足る人間と判断したから黙っていたんだ。事情を知らなかったことに起因する当時の発言や選択を悔いる必要はない」
「でも、あたしは――」
「変に気を遣い態度を変えては、かえって失礼というもの。彼の心身を案じるからこそ、何も聞いていない体で接してあげるのが最適解だよ」
「ま、ショウのことはツンデレ猫系お坊ちゃんだと思っときゃ間違いないぞ」
「いつか女に刺されろ、性格ドクズのわんこ系チャラ男!」
声のするほうに目を向けると、りょーちんが車外に出てオレたちに手を振っていた。その隣にいるハネショーは赤く泣き腫らした目、トゲのある物言いとは裏腹に、どこか吹っ切れたような顔をしている。
「大家さん!」
「おら、さっさと帰っぞシャルル。腹減ってイラついてんだよ俺は」
「はいはい。社長さんの仰せのままに」
『まったく、人騒がせな奴め。マスターもマスターだ、後先考えずに荒療治をするんじゃない。だいたい――おい、なんだこれは。鳥かごか? 邪魔な……』
「邪魔デ悪カッタネ。カジルヨ?」
『うぎゃあああああああ!』
手代木マネは空気を読んで姿を消し、事態を静観していたらしい。でも、ステルスモードを解いていきなり文句を言い始めたバチが当たったのか、車に積んであるケージに背中をぶつけてしまった。
金網越しに見下ろす眼光鋭い鳥と目が合い、パートナーAGIが凍りつく。人間の目から見てもデカいんだ、フィギュアサイズの視点からだと……ファンタジー世界にいそうな、超巨大怪鳥系モンスターに狙われてる感覚か……。
「どうやら丸く収まったようだね。良平君、この車の助手席に――」
「ウェ~イ! タイ焼キイエ――イ!」
「たい焼き絡むと分かりやすく知能が低下するなお前。とうとう劇症型急性たい焼き欠乏症候群の発作で気が触れたか、この末期患者」
「俺じゃない! アンリ! おまえの鳥が俺の声マネしてんの!」
「タイ焼キ、タイ焼キ、イェイイェイ! タイ焼キ、ウ・レ・シイ! イェイ!」
ちょっと迫力あるオウム顔の鳥は、りょーちんの声で絶叫しながら体を上下に揺すってヘッドバンキングを披露した。
くちばしに手代木マネをくわえたままだった気がするけど……うん、見なかったことにしよう。
「大丈夫大丈夫、それ甘噛みだから」
『おえっぷ……そういう問題じゃない、目がキマってるんだよこのヨウム! 何か変なエサ与えてないだろうな!?』
「あー、点目な。興奮するとそうなるんだ。たい焼きって言葉聞いただけでシャルルが嬉しがるの見て覚えたから、一緒に喜んでるんだろ」
「そんなぁ……写真撮って東海ステラの〝うちの子可愛い選手権〟に出す予定なのに、このガンギマリ顔じゃ俺が静岡全土の笑いものになっちゃう……」
「もうなってんだろ。サッカー男子日本代表のネタ枠が何を今さら」
「ネタで選出記念品もらえるほど甘くないぞこの業界」
水原大先生の解説によれば、このヨウムってのは人間の子どもに匹敵する知能を持つともいわれる頭のいい鳥。オウムに近い種類で、おしゃべりが得意。中には人間と簡単な会話ができる個体もいるらしい。
しかも、平均寿命は五十年。野生では絶滅危惧種に指定されてる希少生物で、飼い主登録の届け出が必須。買おうとすればその寿命とほぼ同じ数か、それ以上の渋沢栄一が要るのだとか。こ、コワモテなのに超セレブなお鳥様だ……!
「ヨウムは物真似も得意だという。良平君、たい焼きという言葉に反応して喜びの舞を踊る芸を仕込んだのはキミだな?」
「大筋で容疑を認めたいところですが、違うんだなこれが。初対面での第一声がすでに『ボンジュール、リョーチン! タイ焼キ!』だった。よって俺は無罪」
「いや有罪だろ。こないだお前の声で『イラッシャイマセ、タイ焼キイエ――イ!』って絶叫しやがったの忘れたとは言わせねえぞ! 客が本物と勘違いして大変だったんだからな!」
「でも、おかげで契約取れたんだって? 天才じゃん。給料フルーツ払いで羽田不動産の営業社員にしようぜ」
「俺のこと〝社長さん〟って茶化してくるコイツを? しかも『わざと』舌足らず装ってんだぞこの五歳児。ナメてるだろ」
「シャッチョサン、ナメテナイヨ。アンリサン、カジルヨ」
「そういう意味じゃねぇぇぇぇぇ!」
アンリがとんちの利いた答えでみんなの笑いをかっさらったところで、徳永さんの指示を思い出したりょーちんが車の助手席に走った。
ドアを開け、町内に店を構えるたい焼き専門店の紙袋を手に、最推しは透き通った青い目をキラッキラに輝かせて満面の笑みで戻ってくる。
「どれどれ……えっ、こんなに? 一匹放流してもこの量なんです?」
「今日の勝利給だ。すべて二匹ずつ取り揃えたから、正一君と仲良く分け合って食べるように。先ほどの功績を考慮して、放流は取りやめとする」
「メルシー・ボクー! ショウ、どれがいい? どれから食べる?」
「薄皮粒あん食わしてくれればどうでもいいわ……」
「タイ焼キ、タイ焼キ! ウェ――イ!」
紙袋の中をのぞき込み、今日イチの笑顔を見せるりょーちん。やっぱりこの人は笑ってないとしっくりこないな。
その様子にまだ湿気多めのハネショーがげんなりしていると、軽自動車が一台バックでこっちに近づいてきた。川岸の親父さんが駐車場から戻ってきたんだ。




