Side B - Part 4 角の立たない処世術
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
「まず、こういう時に贈り物をするのは一発レッドカード。モノでもコトでも絶・対・ダメ! ご機嫌取りなのが見え見えですからね」
「うんうん。ウチ、そんな安い女じゃないんですけど! って感じ」
「次に、相手の話を遮らない。認識が違ってたり、一方的に責められたりするとつい反論したくなりますが、こいつは言い返したらレッドになるタイプの累積イエロー。まずは相手の怒りがトーンダウンするまで話を聞いてあげてください」
「女は共感を求める生き物、とはよく言ったものだ。流華おばさんは特にその傾向が強い。話を聞く気のない相手には一言が三言になって返ってくる」
「だったら、なおさら反論は悪手だな。最後に、正直であること。隠し事をした時点ですでに相手を裏切ってるんですから、せめて説明ぐらいはホントのこと言いましょ」
「そう、そういうこと! あたしもまだ納得してないんだからね!」
水原を含めた女子三人がみんなうなずき、オレの最推しに同意を示す。角の立たないりょーちん流処世術、いろんな相手(主に女子)に応用が利くみたいだな。
「あと、相手の気持ちを知れば、自分の意見にも少なからず変化があるはず。共感の上に生じた想いを伝え合うことができれば、理解してくれなくとも決断を尊重してくれる日がきっと来ますよ」
「おお……! すごく勉強になりました、ありがとうございます!」
「それでも『あかんことはあきまへん』と突っぱねるしたたかな女性もいるがね。ソース? 私の妻だよ。笑顔でぶぶ漬けを勧めてくる」
うわ、マジか。徳永さん、はんなり系奥さんと結婚してんだ……やっぱすごい人だわ、いろんな意味で。
そう思ってたら、最推しもまったく同じことを考えてたらしくて、オレはこのあと必死で笑いを堪えなきゃいけなくなった。
「ほぇ~。攻略難易度高そうなのにすごいなハヤさん」
「まったくだよ。こんなガサツな九州男児のどこを気に入ってくれたのやら」
「粗野だなんてとんでもない! 僕はそう思いませんよ。着物も上品でよくお似合いじゃないですか。それ、奥様セレクトなんです?」
「いやいや一徹君、そんなこと……あるな。言われてみれば彼女、呉服屋の娘だった。毎朝スーツで出勤しようとするたび『うちの知っとる隼人はんやあらへん』と嘆くレベルの和装オタクで――」
『マスターは語らなくていいのか?』
「どのコの話かわかんなくなりそうだからやめとく」
オレたちは談笑しながら廊下を抜け、生徒用の昇降口が見える位置までやってきた。だいぶ手前から誰かの話し声が聞こえてはいたけど、近づくにつれてそれが口論になっている男女の声だと気づく。
男が女を責めてるんじゃない。女のほうが高圧的で、男に何か無理強いしてて、それをちょっと声の変な誰かが止めようとして揉め事になっている。
「ヤメロ! 触ルナ、近ヅクナ!」
「おとなしくしなさい! 彼に会えなくてもいいのですか!」
「嫌、だ……! 来るなっ、来るなぁあああ!」
何かに怯えているような絶叫にいち早く気づき、りょーちんが走った。手代木マネも一気にみんなを抜き去り、外に飛び出す。
前を行く大人たちが駆け出したのに続いて、オレたちもその背中を追った。
「ショウ! アンリ!」
今朝、クラス分けのAR掲示板があった場所に、軽バンタイプの白いワゴン車が停まっている。人影が揉み合っているのはその脇、車体右横のスライドドア付近だ。
開け放たれたテールゲートに取り付けられてるのは小型のスロープ。車椅子で乗り降りする時に使うアレが外に出てる。
その車に向かって、りょーちんは〝ショウ〟って呼びかけた。この人が幼なじみのハネショーこと、羽田正一選手をそう呼んでいるのは周知の事実。
詳しい事情はわからないけど、車内にはそのハネショー以外にアンリとかいうのがもう一人いて、外に立つ女の人とトラブってるってことか!
「シヅ! 何してんだおまえ!」
「リョーチン、オカエリ! シャッチョサン、助ケテ!」
「ああ、ちょうどいいところに。班長がご友人をお連れしたようなので、車外へ搬出を試みたところ急に暴れ出したのです」
あれ? なんか、思ったより小柄な女の人だな。男と揉めたって事実だけ聞いたら、みんな被害者はこの人のほうだって勘違いしそう。
でも……失礼を承知で率直に言うけど、オレはこれが初対面となった陸上自衛官・高野四弦さんの物言いにどこか冷酷な印象を受けた。
「――触った?」
「はい?」
「女性不信と恐怖症持ってる人間に、ベタベタ触ったのかって訊いてんの。そんなことしたらパニック起こして大暴れするに決まってるだろ」
「はあ」
「あと、そのヨウム。大好きな社長さんに手ぇ出されて心底お怒りだ。今の状態で外に出してやったらおまえの指食いちぎるかもな」
「テメー、ブッ飛バスゾ!」
「火力高いっすねアンリさん。あと、その乱暴な言葉遣いどこで覚えた?」
空気がひりつく。気づけばりょーちんは車の横で壁ドンの体勢を取り、一歩も退かない相手と真っ正面から険しい表情でにらみ合っていた。
き、きっと不幸な事故だよりょーちん! この人、ハネショーを車から降ろそうとしたって言ってたでしょ? たぶん知らなかっただけだって。
そう、誤解が解けさえすれば、きっと丸く収ま……
「くだらない。そんなことで怒っているのですか、貴方は」
「高野君!」
「信頼は積み上げるもの、恐怖は繰り返すことで順化するもの。民間人であろうとも、我を忘れて泣きわめくようでは明日にでも殺されますよ」
そう信じて事態を見守っていたオレたちの前で、高野さんは故意にやったことだと悪びれもせずのたまった。これには徳永さんも黙ってられなかったらしく、女性相手にも容赦なく鋭い一喝が飛ぶ。
だけど、自分の判断や言い分こそが正しいと信じていて、折り合いをつける気のない二人はどこまで行っても平行線だ。
「国民ひとり護れない自衛官サマが、ずいぶんとまあ偉そうに。ムカデ男子三人組、残る一人は自分が保護するとか言っといて、何なんですかあのザマは」
「! あれは不可抗力で――」
「不可抗力! すげーな、行方不明を装って民間人に後始末押しつける税金泥棒は言うことが違えわ。オウンゴール許しといて言い訳すんじゃねえよ」
「っ、貴方ね――!」
「やめなさい良平君、命令だ! 高野君も噛みつくな!」
ミドルネーム呼びを許すほど心を開いた間柄。護りたいもの、護るべきもの。りょーちんとハネショーの間に運命的で特別な絆があることは、さっきの〈エンプレス〉戦でもはっきりしている。
それを雑に扱おうものならこの人はどう出るか、火を見るよりも明らかだ。




