Side B - Part 3 一抹の不安
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
「皆さん、そろそろ理論武装解いて大丈夫ですよ」
「理論武装?」
「戦隊ヒーローや魔法少女は、仕事を終えたら変身を解くでしょ? 〈五葉紋〉の所有者もあれと同じ。防災活動を終えたあとは、きちんと夢から覚めなきゃね」
川岸の親父さんが涙をぬぐい、役場の人らしく丁寧な解説をしてくれた。いわく、〈五葉紋〉にはそこに意識を集中させて「ブルーム・アクト」って唱えると、所有者の身体機能や潜在的な能力を飛躍的に引き上げる効果があるらしい。
このコマンド入力を〝開花宣言〟、それによって現実でパワーアップしたり、姿形が変わったりすることを理論武装っていうそうだ。
「了解です。そんじゃ――ほいっ」
「あ……」
最推しは手代木マネと〈Psychic〉を介して、理論武装を解除した。ユニフォームにブロック状のノイズが入り、ファン受け抜群の童顔に反して筋肉質な身体を覆っていた重ね着が分解される。
その下から現れたのは、ややゆったりめのシルエットをした藍色のトレーニングウェアだ。大講堂前ホールの中が薄暗くてよく見えないけど、左胸になんかエンブレムっぽいのがついてるな。
つーか何なの? 何着ても似合いすぎだろオレの最推し! 日本代表チームと東海ステラで公式ウェアのモデル選手務めてたのも納得の着こなしを、至近距離で目の当たりにできるとか心臓いくつあっても足りねーよ!
「ありがとう、二人とも。あとはそこに寝かせておけば大丈夫だ」
「起こさなくていいんですか?」
「澪君、キミのお父様が応援を呼んでくれてね。じきに人がやってきて、特殊清掃と葉山先生の介抱を行ってくれる。彼女も立ち会うから心配は無用だ」
「はい。お任せください」
徳永さんの言葉に違和感を覚えて辺りを見回すと、オレたちの左手、大講堂の真上にある音楽棟とつながった階段から、ひとりの女子生徒が下りてきた。
あの人……確か、入学式にいたヒューマノイドの先輩だよな。生徒会副会長で、さっき血まみれの傘を差してた。気配ひとつしなかったけど、いつからここにいたんだ?
『うわぁ、びっくりした!』
「俺はおまえの大声にびっくりだよ。マドモアゼル、帰りはどこ通ればいい?」
「今、わたしが下りてきた階段から音楽棟の二階に上がれます。一番上に着いたら右折し、進路指導室の前を通過するとB棟の廊下につながりますので、そのまま道なりに進んでください」
「ふんふん、それから?」
「突き当たりの少し手前まで行けば、昇降口から外へ出られますよ。どうぞお気をつけて」
一ノ瀬先輩は閉じたあの傘を手に、穏やかな笑みを浮かべている。もしかして、この人も生徒の皮をかぶった徳永さんの仲間なのか?
一度疑いを持ってしまうと、親切に道案内をしてくれてるはずの先輩が急に怖く見えてきた。人間離れしたキレイさ……人間そっくりだけどヒトじゃないって事実が、この人を見る目をゆがめてしまう。
「失礼。その道は通れるのか? 私の認識が正しければ、そのルートは先ほど大規模な防災活動が行われたエリアのはずだが」
「大丈夫ですよ、水原さん。わたしの開発元であるアステラシア社が、すでに特殊清掃を終えて通れるようになっています。先ほど実際に目で見て確認しましたので、間違いありません」
「俺たちがピロティで戦ってる間に片したのか。にしても仕事速いな」
「ふふっ、ありがとうございます。一般家庭向けのハウスクリーニングも承っていますので、よろしければぜひご検討くださいね。こちら、パンフレットのPDFです」
オレの不安をよそに、先輩は商魂たくましくりょーちんへ自社のサービスを売り込んでいる。先輩に搭載されてるAIも〈エンプレス〉と同じ、完全自律型なのか? だとしたら、この人の言ってることはホントに信用できんのかな。
や、でも、それって一ノ瀬先輩が人間だったとしても同じじゃね? 疑い始めたらよく知ってる川岸と水原、りょーちんぐらいしか信じられないぞオレ。
「や~ん、マキにゃんパイセンやっさし~い! 大好きちゅっちゅ!」
「きゃっ! あの、ななみんさん……くすぐったい、です」
つい考え込んでしまったその時、工藤の甘ったるい声がホールに響いた。見ると、金髪ギャルが警戒心のかけらもなく先輩に抱きついて頬ずりしている。
げえっ、何してんだお前!? 血まみれの傘持ってニコニコしてるヒューマノイドにノーガードで抱きつくとか無防備すぎだろ!
あと、その人一応、(設定上は)先輩! 年上! 上級生――!
「案内ありがとう、一ノ瀬君。ほかに連絡事項はあるかな」
「か……勝手ながら、避難時に取り残された皆さんのお荷物は生徒会執行部が回収しておきました。昇降口前にまとめて置いてありますので、ご確認ください」
徳永さんの問いかけに応じる一ノ瀬先輩は、息も絶え絶えだ。見かねたりょーちんが「おら、先輩に迷惑かけんな」と言って、工藤を羽交い締めにし先輩から引っぺがした。
おまっ――「きゃー、良ちゃんのエッチー!」じゃねーよ、最初から不可抗力を装ったボディタッチが目的だったのか!?
代われ、オレとそのポジション代わってくれぇぇぇぇぇ!
『俺たちは先に失礼する。ではな』
「はい、手代木さん。皆さんもお気をつけて」
どうにかカオス化する事態を収め、オレたちは一ノ瀬先輩に見送られながら連れ立って階段の上を目指した。先頭の徳永さんに川岸と親父さん、水原、工藤と続いて、最後尾にオレとりょーちん、手代木マネが並ぶ。
おいおい、絶好のインタビュー機会が到来しちまったぞ! どうしよう、どうしよう! 何から訊こう? えっと、まずは……
「百戦錬磨で経験豊富なりょーちんに、ぜひお伺いしたいんですが」
「どうぞどうぞ。俺でよければ言える範囲でお答えしますよ」
「気が強い女性に謝る時はどうすればいいでしょうか!」
「サッカーの話じゃないんか――い!」
どう切り出そうか迷っているうちに、川岸の親父さんから先に質問が飛んできた。よりにもよってりょーちんにそれ訊いちゃう? というかNGネタじゃないのそれ!?
『困りますねえ川岸次長、フロントの社員が選手にそういう質問しちゃダメでしょうが。立派なハラスメントですよそういうの』
「だって、おたくのマスターこういう話題に強そうだから……」
「お気の毒ですが、俺にも〝道〟は見えません。男女関係なく炎上不可避。消火ではなく、延焼を止める方向に動いてください」
「そんなぁ!」
階段を上り切って廊下を右に曲がると、社会科と音楽科の準備室に続いて、一ノ瀬先輩が言ったとおり【進路指導室】の看板が見えた。
なおも粘る親父さんに対し「あくまでも一般論ですけど」と前置きすると、りょーちんは廊下を歩きながら持論を展開し始める。




