Side B - Part 2 すれ違う想い
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
ん? あれ? 待てよ。そういえば、うちの親父が今朝【町の広報誌見ろ 役場からサッカークラブに行った人がいる】って〈テレパス〉送ってきたっけ。
〈Psychic〉の自由が利くなら、ちょっと〝じきたん〟で探してみるか。えーっと、町からのお知らせ、『広報あさくら』最新号……
「私の身近に、役場からポラリスへ出向した知り合いがいてな。彼は災害とは程遠い、エキサイティングな町おこしに従事していると言っていた」
「まさか……違う。そんなはずない」
あ、これだこれだ。【町職員 四月一日付人事異動】。町も出資するVFC逢桜ポラリスの運営事務局長に、内閣府から来たお助け職員の徳永さんが就任したって書いてある。
「その上司を名乗る人間がなぜここに? 『バーチャルサッカーで町おこしを』などと寝ぼけたことをのたまう平和ボケ集団の最高責任者がなぜ、血の臭いがする場所に現れるんだ!」
「先ほども言ったが、私は現場主義者でね。あれの脅威がどれほどのものか、自分の目で確かめたくなった。良平君はもちろん、下準備を整えてくれた正一君にも感謝せねば」
「待て、なぜそこで大家の名が出る? あの大家も関係者だというのか?」
「はて、何のことやら。お客さんに贈る入居祝いの花束について相談を受けたから、女性には百合、男性にひまわりはどうかと答えただけだよ」
お偉いさんは、意味深な発言をして不敵に笑った。これ……フツーの高校生が表向きには存在しない特殊部隊の工作員と接触して、社会の闇に触れちゃうやつだ。
政府直属の秘密組織、クセ者揃いの凄腕スパイ集団。海外ドラマとか二次元の異能力バトルで見る無駄にカッコいい設定、キタ――ッ!
そしたらアレか? 能ある鷹は爪を隠す系上司が徳永さんなら、そのゼネラルマネージャーに雇われてるりょーちんも一味の人間。チャラ男のイケメンエージェント、対人任務の最終兵器ってところか。
手代木マネはズバリ情報屋。普段「サイバー空間は俺の庭」って威張ってるくせに、本番で盛大にやらかすドジっ子属性だ。またの名を一級フラグ建築士ともいう。
「ところで良平君、その顔のケガはどうした?」
「慣れない銃撃戦やって弾かすりました。しょんぼり」
「遠目から見てもかなり目立つぞ。あとできちんと手当てしなさい」
「マジで? うわ、ショック~。誰からとは言わないけど、目立つところに傷作ると色々問い詰められるんだよな……」
そんな妄想を楽しみつつ外部派遣者の欄へ目を移した瞬間、オレは川岸の顔色が悪くなった本当の理由を知ることになる。
役場の人がよそ行くってなるとさ、官公庁や公的機関に行くイメージだよな。なのに一人だけ、それも聞き覚えのある名字の人が、民間企業へ行ってたんだ。
【総務課 防災担当課長補佐、株式会社逢桜ポラリス運営事務局 次長 川岸一徹】
「違う! だって、お父さんは――!」
「答えろ。お前たちはこの町で何をするつもりだ!」
ドスの利いた水原の大声が響く。徳永さんは黙って右手を挙げ、オレたちの背後を指し示した。
みんなの目が一斉にそっちへ向かう。大講堂前のロビーと校舎A棟の廊下をつなぐ部分、少し高くなった踊り場に、逆光を浴びる人影が見えた。
「戦いだよ。町民と一緒に、これからもこの町で生きていくためのね」
「お父、さん……」
「黙っててごめん。でも、これが僕の仕事なんだ」
マジメで、優しくて、ちょっぴり気弱そう。頼まれたらノーと言えない日本人。いかにも公務員ですって感じがする友達の親父さんが、唇を噛んで立っていた。
「これは、お父さんが自分から望んだことなの?」
「……そうだよ。僕から異動を志願したんだ」
「ペンを剣、法律を盾に、知識で戦って町民を守るのが役場でしょ? 自衛官でも警察官でもないお父さんが、どうして体張ってんの」
「僕の〈五葉紋〉は防御特化型。二百人を超える大所帯に、たった一人の珍しい力。それを宿したって知った時から、こうするって決めてたんだ」
川岸はうつむき、声を震わせる。オレも訊きたいよ、親父さん。
最優先すべきは自分の命だ。誰かを護りたいなら、まず自分が生き残らなきゃ。死んじゃったら何もできないし、全員助けるのは神様だってたぶん無理。
町民を護ることは、自分の命より大事なのか? アンタじゃないとできないのか? 大事な家族を泣かせてまで、護りたいものがあるってのか?
「公務員ってさ、仕事として出された上司の命令には従わないといけないんだよね。その力で戦えって町長さんに命令された?」
「逆だよ。町長からは生きてもらわないと困る、前線に出るなと引き留められた。代わりに主事級の若手職員が送り出されて――今朝見送ったのもその一人だ」
「だったら、どうして!」
「現実に背を向けて逃げたくないからだよ!」
川岸の親父さんが目に涙を溜めて叫んだ。自分はどう生きるか、この命をどう使いたいか――〈黄昏の危機〉事件以降、悩まなかった人なんて誰もいない。
募集要件は「殉職する覚悟がある者」という都市伝説までささやかれる逢桜町の公務員で、悩み抜いて出した結論がこれなら家族に猛反対されるのは目に見えてる。
この人は言わなかったんじゃない、言えなかったんだ。心から家族を想うからこそ、余計な心配をかけないために本当の理由を黙ってたんだ。
「僕が手を伸ばすことで、救える命があるかもしれない。見ているだけなんて耐えられない。誰かを切り捨てた先に待つ未来に、僕は価値を見いだせない」
「でも……だからって……!」
「嫌なんだ。もうたくさんだ! 戦うことでしか前に進めないなら、僕は――!」
すすり泣くような親子の声がホールに響いた。何か二人に気の利いた言葉をかけてやりたかったけど、オレの足りない頭では何も思いつかない。
まごまごしていると、りょーちんが両手を叩いて「はい、そこまで!」と強引に話を切り上げさせた。みんなの視線を一身に集め、ストライカーが偉そうに腕組みして話し出す。
「たらればで話してたらキリがない。こんな調子じゃ真夜中になっちゃいますよ、お二人さん。反省会と親子ゲンカは家でやってください」
「うっ……そ、そうだね。ごめん」
「すみません。それと、ありがとうございます」
「気にすんなって、俺はさっさと帰りたいだけ。あと、小林も時間ヤバくない?」
「あっ! そうでした、早く寮に帰らなきゃ!」
りょーちんの指摘を受け、オレは大事なタスクを思い出した。最下級生は夕食の準備を整え、先輩たちを呼びに行くのが仕事だ。みんなを手伝わなかったら、仲間としての信頼をなくしちまう。
かといって、目の前の頼まれ事をテキトーにこなすのはもっと良くない。夢にまで見た最推しとの共同作業ならなおさらだ。
大の字になった葉山先生をりょーちんと一緒に抱え上げ、近くのベンチまで運ぶよう言いつけてくれた徳永さんの神采配に、オレは顔のニヤけが止まらなかった。




