Side B - Part 1 予想外のギャラリー
Phase:04 - Side B "Kimitaka"
それからの展開は早かった。校内放送が終わるとすぐ、先生も先輩たちも入り乱れて労いの言葉をかけ合った。互いの無事を喜ぶのに、先生も生徒もないもんな。
そのあとは荷物放り出してりょーちんに群がり「サインください!」「握手して!」「みんなに一言!」なんて大騒ぎ、かと思いきや――
「みんな、お疲れ! 帰ろ帰ろ!」
「うぇ~い、お疲れっした~!」
……え? ええ? フツーに行儀よく解散しちゃった!
さっきまでみんな、りょーちん登場に熱狂してたよな。何やってもキャーキャー言われるアルティメットイケメンが目の前にいるこの状況、オレなら絶対放っておかない。
しかも、オレたちを護るため最前線で命を張ってくれたのに、全部片づいた瞬間興奮が冷めて「お疲れさまでした~」って……みんな薄情すぎないか!?
「このあとどーする? 駅前のカフェ寄って帰る?」
「いいね、行こうよ。私も気になってたんだ」
「あ~、腹減った~。きょ~うの夕食な~にかな~、っと」
「栄養が摂れれば何でもいい。それと――小林」
そんな中、主将と目が合ってオレは青ざめた。助けを断り、女子の手を取って銃の撃ち方レクチャーしたさっきの一幕が頭をよぎる。
あああああ、マジでごめんなさい! 悪いのはオレだって全面的に認めるけど、初日でサッカー班追い出されでもしたらキャリア傷つくどころか終わるじゃん!
パシリでも寮のトイレ掃除でもやるし、ご命令とあらば反省文書いて頭も丸めてきますから、追放だけはお許しをぉぉぉぉ!
「はっ……、はい!」
「俺は先に寮へ戻る。夕食は六時四十五分からだ、遅れるなよ」
「え? あ……はい! お疲れさまでした!」
「あれが噂の大型新人? 確かに身長デカいな。あと――」
「りょーちん最推しリスペクトガチ勢だ」
「……あーね。めっちゃ納得できる紹介ありがとう月代」
厳しいお叱りを覚悟してたら、伝えられたのは業務連絡のみ。キャプテンは坊主頭の硬式野球班主将と肩を並べ、オレを置いて帰ってしまった。
居残る人の数はあれよあれよと減っていき、気づけば生徒はオレと川岸、水原、工藤の四人だけ。大人はりょーちんと手代木マネ、葉山先生の三人が残った。
「なぜ、みんな急に良平君への興味を失ったんだ――という顔だね。キミたちに接触を図るうえで、居残られては都合が悪い人々にお帰りいただいたんだよ」
「だっ、誰だ! どこからわが校の構内に入った!?」
「もちろん、正々堂々と正門から。疑うなら〈Psychic〉で入構記録を照会してはいかがかな、葉山先生」
「な、なな、なぜ私の名を知っている!? お前は一体誰なんだ!」
「敵ではない、とだけ言っておこうか」
そこへ、低い男の声を伴った足音がどこからともなく近づいてくる。ピロティの天井に反響して聞こえるけど、からん、からんと木が硬いものにぶつかるような音だ。
出どころを探した末、オレたちの視線は大講堂の対岸、ピロティを縦断し上に向かって伸びる階段にたどり着く。そこから黒い人影が下りてくるのを、七人全員が目撃した。
「出たああああああ! お化け――ッ!」
「お疲れさまです、ハヤさん。視察に来るなんて珍しいですね」
「デスクワークばかりでは体が鈍るからね。立場上おいそれとは出歩けないが、百聞は一見に如かず。現場を知る大切さは理解しているつもりだよ」
その正体がはっきりする前に葉山先生は絶叫し、泡を吹いて倒れちまった。手代木マネがりょーちんを介して生体スキャンしてくれた結果によれば、命に別状はないらしい。
つーか、ショックで気を失う人初めて見たわ。この先生、やっぱ口だけ野郎な感じ?
「しかし……お化けとは失礼な。良平君、今の私を見て率直にどう思う?」
「すげーおっかない。どっからどう見ても流れの人斬りですわ」
「残念だな、そこは浪人と答えておけばよかったものを。生還報酬から一匹放流」
「汚い! やり口が汚いぞ、このサムライ!」
辺りの暗さに反応し、センサーライトが一斉に点灯した。薄いオレンジのかったLED照明が、異臭の漂う空間を優しく照らし出す。
柔らかな光のもとに姿を現したサムライ――長い前髪で右目を隠し、夜空のような深い藍色の着物と羽織を身に着けたおっさんは、すれ違いざまにりょーちんの肩を軽く叩いてオレたちに向き合った。
「では、落ち着いたところで名乗るとしよう。私は徳永隼人、ゼネラルマネージャーとしてVFC逢桜ポラリスを預かる者だ」
「ほぇ~……ポラリスの?」
『人事権を持つ管理職だ。GMともいう』
「そ。このおっさんにたい焼き出来高払いで雇われてんの俺」
「なに普通にタメ口利いてんですかりょーち――ん!」
いやいやいやいや、ウソだろ? 会社でいったら社長、CEO、経営陣で一番偉い人じゃん!
監督やほかの選手とうまくやれても、この人の機嫌を損ねたら終わる。ただのコスプレおじさんだと思ってたのに、そんなすごい人だったなんて!
「良ちゃんの飼い主さんじゃん。おつおつ~」
「飼い主って何だよ七海。俺は犬か」
『狼の間違いだろう。チャラ男だけに』
「ぶっさらうよ?」
工藤と最推しがやけに親密なのが気になるが、それにツッコむ気力すら起きないほど、オレは徳永さんの電撃訪問にビビり散らかしていた。
「どういうことだ。あなたは内閣府の官僚ではなかったのか?」
「キミは、あの時の――そうか。原作者を知っていると言っていたな」
「私の質問に答えるのが先だ」
「内閣府からの派遣という形で、逢桜町役場へ籍を置くことになってね。現在は危機管理課の別働隊、別班としてこの春新設された〈特定災害〉対策班で指揮を執っているんだ」
ずっと黙ったままの川岸とは対照的に、水原は徳永さんへキツく突っかかった。こんな時でもキャラがブレなくて感心するわ。
官僚ってことは、超一流のエリート国家公務員だよな。中でも内閣府はいろんな政策に幅広く関わってるし、この騒動が「災害」だっていうなら、職員が「被災地」の視察に来ること自体はヘンじゃない。
偶然にしてはデキ過ぎてる感あるけど、たまたま逢桜へ花見に来たら手に〈五葉紋〉が出ちゃって、そのまま帰れなくなった説を推すぞオレは。
「役場の、危機管理課……〈特定災害〉……〈モートレス〉対策の、別班?」
「あなたの言うことが事実なら、肩書きは役場危機管理課の〝対策班長〟となるはずだ。なぜバーチャルサッカークラブの責任者を名乗っている?」
「それ『も』私の仕事だからだ。スポーツを活用した町おこし政策で、住民の健康維持に力を入れている先進的自治体を支援するという名目のね」
川岸の顔がどんどん青ざめていく。心配するなって、そのイカれジーニアスが徳永さんに手を出そうとしたらオレが止め――




