Side A - Part 6 終幕
Phase:04 - Side A "Mio"
耳をつんざく悲鳴がして、あたしたちは人面ムカデに目を向けた。巨大なはらわたが火柱に呑まれ、激しく燃え上がっている。
例のバーチャル原稿によれば、幻覚を見た〈モートレス〉が自然発火したらしい。オカルト同好会の術者が「魔法は実在する」とみんなに誤認させたことで、エセ黒魔術が現実になったんだ。
『うーん、わかったようなわからないような……。市川さん、メカニズムの解説お願いします』
『はい。では、まず大前提として――この町には魔法が実在します。社会通念や一般常識、オカルト的にどうこうということはいったん置いといて、そういうものだと思ってください』
『はあ』
『今、私たちが知覚している現象は科学的に説明がつきます。そこに先ほどの〝魔法は実在する〟という思い込みが重なり、脳に錯覚を与えることで、魔法が現実となって見えるのです』
『なるほど……なるほど?』
今回の場合、再現されたのは火炎系魔法。敵にもたらされる影響は、異常発熱による体温の急上昇だ。
これを食らうと、まず最初に〝燃え盛る炎に全身を焼かれた〟という誤情報が〈モートレス〉の脳へ伝わる。肉は削げ、骨が露出し、重度のやけどを負うはずだ。それなのに皮膚感覚は何ともないから、脳みそが混乱してしまう。
そのつじつまを合わせるため、人面ムカデの細胞は全身くまなく活性化。ものの数秒で熱中症に陥り、普通の人間なら死に至る体温を超えてなお、大量の熱を発し続けた。
『結果、自身の体温で体内の脂肪が融解したと。まるで融けたバターですね』
『〈モートレス〉は、科学班の火炎瓶攻撃ですでに着火していました。巨大なオイルタンクと化した胴体に、フェンシング班が剣を投げつけ穴を開けたらどうなるでしょう?』
『爆発炎上によるセルフ火葬とか狂気の沙汰でござる……』
『イヤァァァァァァ!』
ITエージェント友の会と市川さんたちの悲鳴が流れる間に、りょーちんは電子スターティングピストルを〈エンプレス〉へ投げつけた。相手はとっさにそれを振り払おうと手を振り上げ、人質の首元から刃物を離す。
そこへ、一気に肉薄したストライカーの正確無比な蹴りが襲い掛かる。ニセ大家さんの左手から、すっぽ抜ける形でナイフが飛んだ。
「ぐっ!? 何をする、佐々木!」
「こやかましいな、さっさと行け!」
腰を抜かしてよろめいた葉山先生は、りょーちんに腕をつかまれ、大講堂に向かって思いっきり突き飛ばす形で送り出される。クソ担任はこの期に及んで、まだ何か文句を言いたそうに口をモゴモゴさせつつこっちに走ってきた。
意地の悪いAIが、大家さんの顔でにやりと嗤う。その手には、さっき払いのけたはずの銃が握られていた。さっき読み取った視覚情報から、まったく同じものを複製したんだ。
『――しまった! 良平!』
「わかってら!」
手代木さんの警告を待たず、りょーちんは回避行動に移っていた。地面すれすれに身を屈めて横っ跳びし、床に転がった本物へ手を伸ばす。
大家さんになりきった〈エンプレス〉も、両手で銃を構える。特別な絆で結ばれた、因縁のふたりが銃を向け合う。
「終わりよ、シャルル!」
「おまえがな!」
それはまるで、映画のワンシーンのようだった。二発の電子音がほぼ同時に響き、りょーちんの色白な右頬に一筋の赤い線が刻まれる。
鮮やかなコントラストを目に焼きつけ、あたしの思考はにわかに動き出した。今だ――とささやく声に従い、地面に置いていた足を浮かせる。
「澪、こっちだ」
「……うん」
鈴歌のエスコートを受けて、原作者〝ミオ〟はようやく最後の一歩を踏み越えた。炎に焼かれたムカデが頭をもたげ、地響きとともにくずおれる。
「はぁ……いいわ。今日は、このぐらいに……してあげ、る」
「その顔で女言葉しゃべんなよ、気色悪い。視聴者の皆さ~ん、ショウはこの数万倍バチクソイケメンなんで、誤解なきようにお願いしますね~」
【はいはいノロケノロケ】
【(俺の)ショウさんですねわかります】
【さっさと結婚しろ】
「ぶはッ!?」
気づけば〈五葉紋〉の光は収まり、手首の輪っかも薄らいできていた。仮想スクリーンがサラサラと分解し、光の粒になって消えていく。
視聴者コメントに吹き出し悶絶する小林くんをよそに、りょーちんはゆっくり立ち上がって〈エンプレス〉の元へ歩み寄った。大切な人はおでこに穴が開き、車椅子の上で焦点の合わない目をしている。
「俺を生かしたこと、あとで後悔するなよ」
「あなたこそ……その、リアンとやらに……縛られ過ぎない、こと……ね」
どこまでが本当で、どこまでがウソなのか。そして、目的は何なのか。〈エンプレス〉にまつわる数々の謎は、あたしとりょーちんでもまだ暴けない。
ニセ大家さんの身体がキラキラと輝き出した。登場した時と同じく、白い光の粒が辺りに満ちる。
「さようなら、皆さん。また会いましょう」
「はいはい。もう来るなよ」
肉と油の焦げる臭いを残して〈エンプレス〉が霧散する。
終わった……あたし、やれたんだ。あたしたち、ここにいるみんなと、生き残った町民全員を助けられたんだ!
『ここで速報、速報です。逢桜町役場はただ今の時刻、午後五時五十八分をもって、町内に出されていた磁気嵐警報をすべて解除すると発表しました』
『これに伴い、逢桜高校生徒会執行部も、校内における防災活動の一切を終了すると宣言しました。繰り返します。本日の防災活動について、生徒会の終了宣言が出ました――』
すっかり暗くなった春の夜空に、チャイムと校内放送が吸い込まれていく。長く波乱に満ちた高校入学初日は、こうして静かに幕を閉じた。




