Side A - Part 5 陰る太陽、欠けた月
Phase:04 - Side A "Mio"
りょーちんは右手で銃を構え、ニセ大家さんとの距離を詰める。葉山先生の前でナイフをちらつかせる敵に、恐れや反省の色は見られない。
広場では相変わらず音と光といろんなものが飛び交い、ボクシング班の男子に右端の頭を潰された人面ムカデが床の上でのたうち回っている。
【ミオちゃん何してんだ 早く入れ】
【もうみんなで中に引きずり込めばよくね?】
【唐突に始まるBL展開】
【男もイケるのかりょーちん……】
ドローンは死んだけど、近くにある別のカメラを通じて動画中継が再開したらしい。再び流れ始めた視聴者コメントは、あたしにあと一歩を踏み出すよう迫るものと、一触即発のりょーちんたちを揶揄するものが大半を占めている。
でも、現場では誰一人非難の声を上げなかった。鈴歌たちも、ガラス戸の内側で待つほかの生徒も、ただ無言で状況を見守っている。
【中部・西日本大震災と首都直下地震。ともに地震と津波、富士山の火砕流ですべてを失ったふたりは、互いに支え合って生きてきた】
(え……)
カタカタ、とキーボードを叩く音がして、仮想スクリーン上に白い文字が走る。
あたしの文体を真似てはいるものの、自分で入力したわけじゃない。言うなれば、ゴーストライターの声なし作業動画配信を眺めているような感覚だ。
【彼らが初めて出逢ったのは、静岡県富士市だった場所。避難所の片隅で来るはずのない迎えを待ち続けていた良平は、偶然出逢った正一の誘いで類稀なサッカーの才能に目覚める。
だが、天才少年は被災地の混乱に乗じて何者かに連れ出され、姿を消してしまう。失意の中、神奈川へ戻った正一は、程なくして望まぬ形で彼と再会を果たすことになった】
連れ出され、って……りょーちんは昔、誰かにさらわれたってこと?
あたしは率直な疑問を言葉にしようとした。でも、口が開かない。声も出ない。自分だけミュートがかかっているみたいだ。
誰かが知らない間に〈Psychic〉へ細工して、あたしの発言をみんなに聞かせまいとしてるの?
【羽田家は裕福だった。資産家でありながら、篤実な慈善家でもあった。それなのに……否、それゆえというべきか。親族にはたいそう敵が多かった。
首都直下地震で被災し、両親と身体の自由を失って、深刻な女性不信と恐怖症を抱えたお坊ちゃんには途方もない額の遺産が転がり込む。それを巡って一族全体を巻き込んだ泥沼の後見人争いが始まる――はずだった】
ここにある内容はすべて、りょーちんやほかの人たちには見えてないみたい。これもまた、あたしのプロットにあった設定だ。
主人公は度々、この能力で意図せず仲間の過去や人間関係に触れてしまう。あたしが口にしない限り本人たちにバレないとしても、人の秘密をのぞき見ることにいい気はしないよ。
【だが、その財産が地震による被災で負債に転じると分かってから事態は一転。金の卵を奪い合っていた親族たちは、疫病神を押しつけ合う獣の目に変わった。
進学はおろか、これからの生活さえ危ぶまれる状況となった正一。最後にその手をつかんだのは、この逢桜町で独り慎ましく暮らしていた祖父と――債権者に自身の年俸数年分を叩きつけ、借金を肩代わりした兄代わりの里子であった】
これらの話が事実なら、りょーちんも大家さんも目を覆いたくなるような来歴をたどっている。
それをあたしにリークしたのは誰? どうしてこんなことをするの? ふたりの……ふたりだけの秘密を暴いて、あたしに何をさせたいの?
【深く消えない傷を負ったからこそ、ふたりは強く惹かれ合った。欠けた「家族」というピースを求めて、ともに在ることを選んだのだ】
華やかで、いつも明るく輝いていて、太陽を擬人化したような人。したたかで、デキる仕事人で、月のごとく静かな存在感を放つ人。
昼と夜を司り、広大な宇宙の象徴たるふたつの天体と同じく、対極にあって離れられない宿命のふたり。
そんな彼らのイメージほぼすべてが、悲壮なまでの強がりが成す虚像だったことをあたしは知った。
世間は、等身大のふたりに見向きもしない。悲惨な過去を乗り越えて戦い続ける天才と、絶頂期に道を断たれた悲劇の秀才ストライカー。その役柄を「演じている」間しか、彼らは彼らでいられない。
鈴歌みたく斜に構える人は、ふたりの関係を傷の舐め合いと評するかな。かつての頼る側と頼られる側が逆転した状況に、ゆがんだ愛や執着を見出す人もいるかもしれない。
「あなたとこの人が義兄弟、ねえ……」
当事者でさえも明確には言い表せない、繊細な関係。尊敬、友情、嫉妬、後悔――様々な想いが入り混じった複雑な間柄は、ふたりにしか理解できない。でも、お互いがお互いの一番大切な人だってことは痛いほど伝わってくる。
本当にクズだね、〈エンプレス〉。あたしが原案を書いたとはいえ、傷だらけの心を踏み荒らすなんて最低最悪の極悪人がすることだよ。
「――本当に?」
ニセ大家さんが口の端を吊り上げ、意地汚い笑みを浮かべた。ゲスで下品な問いかけに、幼なじみが足を止める。
りょーちんはその場で目を閉じ深呼吸すると、ギアを一段下げた低い声でこう答えた。
「正一以外にはノーコメントだ」




