Side A - Part 2 反面教師
Phase:04 - Side A "Mio"
――怖い。ヒトに非ざるその姿に、あたしは底知れない恐怖を感じた。それなのに、まわりの人たちは大半が〈モートレス〉を撃退したという吉報に舞い上がって、大きな歓声をあげている。
何これ、あたしの感覚がおかしいの? これって喜ぶべきところなの?
りょーちんが教室でバトった時の小林くんといい、今のみんなの反応といい、この世界はどこかズレてる気がする。
「へえ……やるな、あいつ」
【おかしい 美少女なのにりょーちんの食いつきが鈍い】
【どうした雑食チャライカー】
【気のせいだろ 喜べよ】
誰からともなく声が上がり、やがて「頑張れ、新入生!」とあたしを鼓舞する大きなうねりになった。体育祭のリレーで、アンカー同士の激しいデッドヒートでも見ているかのように。
あとは〝ミオ〟がゴールにたどり着きさえすれば、この戦いは幕を閉じる。あたしには人として、主人公として、原作者……〝神〟として、その期待に応える義務がある。
『ほかの現場はどうなっていますか? 今の状況を教えてください』
『はい、市川さん。ムカデ型〈モートレス〉にまだ動きはありません。保健室側の中庭では、この個体と交戦したとみられる自衛官の女性が行方不明との情報があります』
『一番場慣れした奴が調子に乗って最初に退場。ホラゲーあるあるだな』
「セナ。それ、シヅ本人の前でも言えんの?」
『……と見せかけてどこかに潜伏しているんだろう。姑息なあの女のやりそうなことだ』
【りょーちんの威を借るテッシー(フラグ)】
でも――足が動かない。これはプロットに明記されたことだから。
主人公はここで得体の知れない不安を覚え、立ち止まることになっている。ゲームでいうセーブポイントのように、この場面は『トワイライト・クライシス』の本文へ確実に盛り込むと決め、あらかじめそこだけ文に起こしていた。
作者が主人公なら、なおさら避けては通れない。自然に「行こう」と思えるまで待つしかないんだ。
「文化班は黙って退避しろ! 運動班は配置に就け! 何をしている月代、さっさとあいつらを回収しないか!」
「小林! こっちだ、その子を連れて走れ!」
「キャプテン!」
青とグレーのサッカーユニフォームを着た男子生徒が、小林くんを呼んだ。左の肩口にはライムグリーンの腕章。班長ってことは、新三年生の先輩か。
ところで……やけに上から目線で威張ってる声が聞こえたんだけど、気のせい? あたし、この口調でわめく約一名知ってるぞ。
「口だけで人を動かせるものか、バカめ! 回収しろと言われたら、普通は自ら出向いて連れ帰るものだろうが!」
「では、まずそのように豪語なさる葉山先生御自ら、生徒に手本を示してください。教師は生徒の模範となるご立派な大人なのですから、もちろん有言実行なさいますよね?」
【辛 辣】
【キャプテン強すぎワロタ】
【先生自滅ざまああああ】
やっぱり。生徒をまとめるべき先生が一番情緒不安定、かつ暴走してるって最悪のパターンじゃん! ほかの先生は……ええ、関わりたくないですよねわかります。
となると、このカオスな事態に唯一対応できそうなのは――
「へえ? テクニカルトラップからのオウンゴール誘発……手堅く頭の切れるディフェンダーとみた。できれば敵に回したくないタイプだわ」
『重度のサッカー脳ですねマスター。精神科の診療予約入れときますよ』
どんな時でも、持ち前の明るさと突破力で道を切り拓く攻撃の要。ああもう、いっそりょーちんが担任の先生だったらよかったのに!
「うるさ――い! ラグビー班とアメフト班、ピロティに出ろ!」
「出たよ、スクラム組ませて肉の盾にしようとする奴~。生徒を何だと思ってんだ」
「普通にお断りだが。相撲班とレスリング班も従わないと思うっスよー」
体格のいい坊主頭の男子生徒たちは、反面教師の無茶振りをきっぱりと断った。まったく相手にされないとみるや、クズは道着とジャケット姿の女子生徒に標的を変えていら立ちをぶつける。
「っ……弓道班! アーチェリー班! 構え!」
「はぁい。差し当たって、先生の頭で試し射ちしてよろしおすか?」
「いんじゃね? 射線上に入ってるし」
【生徒全員から嫌われてて大草原】
と、担任と先輩たちの不毛なやり取りを聞き流していたあたしの前を、白く小さい光の粒がすうっと横切った。
初めは気のせいかと思ったけど、乱舞する蛍みたいに数を増してってるとなれば無視はできない。加えて、地面が規則的かつ小刻みに揺れ始めたことで、じわじわと気味悪さが場を支配していく。
「川岸、九時の方向だ! 狙え、撃て!」
「はっ、はい!」
りょーちんから、鋭い声で指示が飛ぶ。思わず返事しちゃったけど、VRゲームでもこんな緊張感の中で銃使ったことないよ!
けど、それが次の一手への時間稼ぎになるなら、撃つのをためらってはいけない。手にした武器を見つめ、これは本物だ――とあたしは自分に言い聞かせた。
これは銃だ。本物の銃だ。電子スターティングピストル並みに扱いやすく、小型で軽くて、フツーの高校生ウェルカムな初心者向け。攻撃判定に必要な空想科学の技術理論、相手に傷を負わせる方法は高出力レーザーってことにしよう。
超電磁砲とか荷電粒子砲のほうが威力は断然高いけど、こっちはそういうのに比べて低出力な分初動が早く、過熱しにくくて連射可能。りょーちんもご満悦の開幕速攻、先制攻撃をお見舞いできる。
……自己暗示完了。落ち着け、川岸澪。きっと、きっと大丈夫だ。
『ムカデ型〈モートレス〉が目を覚ましました! ゆっくりと体を起こし、大講堂のほうを見ています!』
白い光は徐々に固まり、ヒトの形をとっていく。背が低く髪の長い、スカートを身に着けた女の子のシルエットだ。あたしは銃を握り締め、その光に正対した。




