Side A - Part 1 それぞれの戦い
Phase:04 - Side A "Mio"
どん、とお腹から伝わった衝撃が全身を揺さぶる。あたしはそこで、今しがた鮮明に見ていた光景が自分の白昼夢だったことに気がついた。
(そうだ。あたしは今、りょーちんと手代木さんの協力で避難する途中。ムカデ型の〈モートレス〉から逃げつつ、小林くんとも合流して大講堂を目指すんだった!)
切り取られた巨大な舌は、気絶して校舎に頭を突っ込んだ〈モートレス〉の胴体上に赤いラインを引きながら滑降していく。くびれの部分で何度かバウンドしつつ、どうにか落ちずに渡り廊下の屋根を越えて眼下の地面に着地したあたしたちは、そのままコースアウトして隣の空間へ滑り込んだ。
「はい、到着っと。降ろすぞー」
『本日は、和製コンコルドの破天荒フライトにご搭乗いただき、誠にありがとうございました。こちらが終点、逢桜高校大講堂前です』
空気を読まないAGIの悪ノリを完全無視し、白い柱に囲まれた大きな屋根付き広場の中心にあたしたちは降り立った。
まず目についたのは、赤レンガ張りの床。さっき着地した中庭を挟んでピロティの正面、白昼夢の中で鈴歌たちがいた場所の裏手に位置する図書室も、結界で護られた「聖域」のひとつだ。窓際から心配そうにこっちを見つめる人だかりの後ろに、大きな本棚がいくつも見える。
その図書室を正面に見据えると、あたしたちの背中は深く薄暗い林に向く。なんか不気味だな、野生の熊とかイノシシが飛び出してきそうな雰囲気。
左手にはどこかへ続く上り階段。そして右側、数段しかない低い階段を下りた先には――
「澪! こっちだ、早く!」
「鈴歌!」
頑丈そうな窓と三つのガラス扉を備えた、大講堂前ホールへの入口。その前で、三十人はいるであろう先輩たちと教職員数名に囲まれた鈴歌が、大手を広げてあたしを迎えた。
その後ろでは、工藤さんが「ヘイ、コバっち! カモン!」と小林くんを手招きしている。よかった、二人とも無事だったんだ!
『あ――っと、ここで味方登場! わが校の生徒と教職員のうち〈五葉紋〉を持つ人で構成される有志の集まり、アサコー防衛隊(仮)です!』
『これはすごい! 思わぬ、そして心強い援軍だ――!』
【はるみん気合入ってるな】
【いいね 試合中継らしくなってきた】
何だっけ、こういうの。えーっと……そう! 予備自衛官だ!
普段は普通に高校生と先生やってて、週の何日かを「防災訓練」に充てる。仲間や学校が襲われたら、立ち上がって護るために戦う集団――。プロットにメモった「校内の協力組織」がこんな形で補完されたなんて、あたしも初耳だよ。
『まだ状況を把握しきれてないと思うが、ひとつだけ確固たる事実がある。ここにいる全員が、川岸澪という生徒のために集まったということだ』
「あたしの、ために――」
「そう。俺たちに加えて、あれだけの人数がおまえに味方してくれてんだ。恐れず、落ち着いて、堂々とゴールラインを踏み越えろ」
確かに、必ずしもここにいる全員があたしと同じ志の下に協力してくれてるとは限らない。事実、先輩方の何人かはあからさまに「さっさと帰りたいから早くおいで」って顔をしてる。
だけど、待つことも立派な戦いだとあたしは思う。化け物がいつ、何体、どこから襲ってくるかわからない状況で、来る保証のないあたしのためにここを護っててくれたんだから。
正面切って戦える人は偉い? 銃後の人は役立たず? ううん、そんなことない。自分に合った場所とやり方で、それぞれの戦いをこなす。この現実を受け入れ、立ち向かおうとする全員が偉いんだ。
「というワケで、俺はここまで。まだ決勝戦が残ってるんでね」
「りょーちん!」
なかなかゴールに向かわないあたしたちの背中を、りょーちんが軽く叩いて送り出す。その拍子に小林くんがうっかり最推しの名前を口にしちゃって、集まったみんなの目が一斉にこっちを向いた。
「えっ? ウソでしょ、あれりょーちんじゃない!?」
「うわ、マジだ! 本物じゃん!」
「あちゃ~……バレたか。緊急事態なんで、サインはまた今度な!」
「ギャアァァァァ――ッ!」
校内はたちまち男子も女子も、先生までも大騒ぎ。からの、動画視聴者コメントも加わって「りょーちんナンバーワン!」コールの大合唱が始まった。
そりゃまあ、誰もが知ってる有名人が目の前に現れたら騒がずにはいられないよ。ただ、こんな急過熱するもんなの? なんか……中身がないっていうか、わざとらしい感じがする。
『中継の途中ですが、速報です。校内南部で大きな動きがありました! 保健室と職員室、B棟昇降口エリアで防災活動にあたっていた生徒会執行部が、当該区域をすべて制圧した模様です!』
『現地のドローンから映像が届きました。ご覧ください』
遠くで響いた大きな物音から少し遅れて、市川さんの声がした。今朝、昇降口前で見たクラス分け掲示板と同じく、巨大な仮想スクリーンがあたしたちの前に投影される。
視界いっぱいに広がる白煙。その中から、縁取りに白抜きのアラベスク紋様をあしらった紺色の傘が現れた。
『――二年B組、生徒会執行部副会長、一ノ瀬マキナ』
柄に添えられた可憐な白い手が、ゆっくりと傘を傾けていく。雨粒の代わりに布の上を滑り落ち、校舎の白い床を染め上げるのは――血だ。
血肉にまみれ、死の臭いが充満する学び舎に、微笑をたたえた機械の女神が降臨する。
『お仕事完了、です』
銀色の髪、赤い瞳。あとで小林くんから生徒会副会長だと聞かされた美少女ヒューマノイドは、穏やかな表情のまま閉じた傘を振って血糊を払った。




