Side A-2 / Part 2 空想概念マウントバトル(中)
Phase:03 / Side A-2 "Mio"
鈴歌の陰から飛び出した工藤さんは、高野さんの脇を抜けて一目散に駆け出した。完全ノーマークの人間に接近を許してしまった〈エンプレス〉は、すぐに高速演算でギャルの行動を予測する。
空想の攻撃を無効化する、幻想看破という理論武装――自己暗示を展開している女帝の前には、やけくそで飛びかかってくる女子高校生なんて雑魚にすぎない。
さあ、どう出る? 今のわたしは、何をもってしても倒せない。やれるものならやってみろ。
挑発するように激しく点滅を繰り返す〈エンプレス〉に向け、工藤さんは――
「食らえ、正義のななみんアッパー!」
ピンクの花柄ネイルで飾った指を握り締め、通じないはずの鉄拳制裁を通した。
表面をグーの形にべっこり凹ませた女帝は斜め上の方向にすっ飛んでいき、シンボルツリーの枝の中に突っ込んで見えなくなってしまう。
『ん? 何やら下が騒がし――ごはッ!?』
「え?」
「なん、だと……?」
いやいや鈴歌さん、あたしが一番この展開にびっくりですよ!
「物理攻撃以外効かない相手にパンチは有効」って理論的には筋が通るけど、火の玉とかプラズマ系って殴れないもんでしょ普通!?
落ち着け……落ち着いて思い出せ、川岸澪。あたしはこの場面の戦闘ロジック、空想概念マウントバトルの優勢判定をどう定義した?
(――ん? 普通?)
その結果、鈴歌たちもひとつの可能性にたどり着いた。工藤さんはサブカルチャーやオカルトへの理解が薄く、敵の特性を知らなかったために起きた奇跡だ。
〈エンプレス〉の無敵状態が成立するには、厳密にいうと二つの条件がある。ひとつは自分への攻撃が空想であると信じ、かつそれが事実であること。
そして、もうひとつが「相手にも自分の攻撃が通じないと思い込ませる」こと。どちらか片方の定義に疑いの余地があれば、そこを突くことで相手の持論を崩せるんだ。
(高野さんと鈴歌には『光球系の物体に物理攻撃は通じない』という固定観念があった。そう思わされるまでもなく、そうだと思っていた。銃弾を何発撃ち込んでも効かないはずだ)
工藤さんはその逆で、何の先入観もなかった。敵なら殴れるものと思ってた。プラズマは殴れないって知らないから、そのことを少しも信じて疑わなかった!
(最強の盾を最強であると認識しなければ、理論上は普通の矛でも刺さる。そして、矛が実際に刺さった瞬間、その盾は〝最強〟ではなくなる……)
国語の授業で『矛盾』の故事を習った時のことを思い出す。あの筋道立った言論バトルに感化されて、あたしはこの戦闘システムを考案した。
科学の力で妄想を具現化し、現実を変える戦い。想いの強さが力になる、主義主張と信念のぶつけ合いを。
「〈エンプレス〉は、工藤が必ず攻撃の有効性を疑うと予測して〝無敵〟になった。対する工藤は必ず攻撃が通じると妄信して、対抗する概念〝無敵貫通〟を帯びた」
「その結果、論理が破綻し攻撃が通った……と。アレが本来殴れない部類のモノであることは、七海に教えないほうが良さそうですね」
「そうしていただけると助かります。ところで、さっきの声は?」
「声?」
結局、このマウントバトルは自分と自論を最後まで信じた人が勝つ。今回でいうと〈エンプレス〉側は完璧に防御の条件を満たしてたけど、オカルトに詳しくない工藤さんにしてみれば、そんなの知ったこっちゃない。
そこに「絶対アイツをぶん殴る」って意志の強さが加わって、相手のナメた思い込みをぶち破った工藤さんの勝ち! ――有識者によるロジック解説としては、まあこんなところかな。
『すまんマスター、どうやら俺はここまでのようだ……ガクッ』
「そういうのいいから。蹴落とすぞ」
光の玉が吸い込まれていった樹上から、男性の声がふたつ降ってくる。うんざり顔の鈴歌、ため息をつく高野さんとは対照的に、今回のMVPは顔を輝かせて見上げた先にピースサインを送った。
「うぇ~い! 待ってたぜ良ちゃん、イヤッホー!」
『俺のことも気にかけろ工藤、AI差別だ!』
「へ? おい、セナ! 待っ――どわぁぁぁぁぁ!?」
「あ。落ちた」
茂みから飛び出してきた手代木さんを追いかけ、枝の上で足を滑らせたりょーちんは二メートル超の高さから地面に転落した。
木の根元に広がる柔らかい地面の上で受け身を取り、ユニフォーム姿で大の字になったサッカー男子日本代表を見て、高野さんがあからさまに「バカですか貴方」って顔をする。
「はぁ……一体何をやっているんですかシャルル」
「りょーちんも木から落ちるんですー。つーかシヅ、フランス語わかるからって俺のことミドルネームで呼ぶのやめてくんない?」
「なぜです?」
「俺の彼女じゃないから」
……鈴歌、よくこのくだりにツッコまなかったな。あたしたち、その彼女特権使ってる人と今朝会ったからね。しかも彼「女」じゃないし。
「お~、チャラ男らしからぬエモいお答え~」
「褒めてるのかそれ?」
『そう聞こえるならメディカルチェックを推奨するぞ』
代わりに手代木さんがりょーちんへツッコんだその時、みんなの〈Psychic〉が一斉にメッセージを受信した。仮想スクリーンの文字を見て、鈴歌が目を見開く。




