表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:03 空想概念マウントバトル
63/97

Side C - Part 2 保健室へ潜入せよ

Phase:03 - Side C "Suzuka"

「な……なんすか、その楽しそうな集まり!? オレ初耳なんですけど!」


「『話の途中だが敵襲だ!』的なゲームのノリで勧誘すな。アホなの?」


「いっぺんリアルで言ってみたかったんだよ! りょーちん推しの、りょーちん推しによる、りょーちん推しのためのゆる~い班内同好会なんだけど。どうかな」



 奴の心は言うまでもなく、九割方「行きます!」に傾いている。だが、今しがた私たちと保健室を訪ねることにしたばかりだ。すぐには首を縦に振らない。

 その様子を見かねてか、工藤は自分の荷物と一緒にサッカー小僧のカバンを空いた手に引っ提げると、教室を出て持ち主に無理やり押しつけた。



「行きなよ、コバっち。運動班はパイセンの命令に絶対服従なんしょ?」


「どんだけブラック部活だと思われてんのウチ!? それに、先に約束したのお前らだろ」


「は? 小林、お前さっそく女子と遊びに行く気だったの?」


「うわ~、生意気~。これだからチャライカーは……」



 先輩たちは「それじゃあ、コイツ借りてくね~」と軽い調子で大柄な後輩の両脇を抱え、外のテラスへ引きずっていった。

 ここの校舎はテラス伝いに同じ階層の教室へ横並びに移動できる構造になっているから、どこか近くの空き教室に連れ込む気なのだろう。



「ち、ちょっと待ってください! なんで先輩方がその呼び名を?」


「小林はりょーちん推し。りょーちんはチャラい。ゆえに、小林がチャラいストライカー、略してチャライカーに進化するのは時間の問題である。以上」


証明終了(Q.E.D.)だな」


「なんでですか――!」



 三人の姿が見えなくなると、工藤は私に握手を求めてきた。

 本当は拒否したかったが、この女はすでにみおと接点を持っている。経験上、こういう人間には最低限の礼を払っておいたほうがいい。



「工藤七海です。ななみんって呼んで~」


「……よろしく」



 手をつないだまま歩き出そうとする工藤を振りほどき、私は先ほど来た道を逆にたどって階段の最下層を目指した。

 A組の教室前を通り過ぎ、踊り場の男女トイレを尻目に校舎の一階へ。その終端は、右手に理科室への入口を備えた廊下につながっている。

 〈Psychic(サイキック)〉のAR校舎案内図によれば、ここは第一理科室。オリエンテーションで見学した際、クラスメイトの女どもが気持ち悪がって移動をかしたせいで、じっくり観察できなかった場所だ。



「リンちゃん、聞いた? この学校、理科室が三つもあるんだって」


「特進科も今日、同じルートで説明を受けた。よほどの馬鹿でない限り、短期記憶にまだ残っているはずだが」


「美術室は二つ、工作室と調理実習室はそれぞれ教室二つ分の広さ。音楽室なんて、メインとサブのほかに防音室が三つもあるんだよ! 用事終わったら――」


「断る」


「……一緒に探検しない? って言おうと思ったけどやめとく~」



 校内探検? なるほど、それもお前の目的か。ならば私の希望を伝えておこう。

 澪の無事を確かめたら、第一から第三理科室まで制覇するぞ。壁際の棚にホルマリン漬けの瓶がずらりと並ぶ壮観な光景を目に焼きつけるんだ。



「リンちゃんはキョーミ持った施設ある?」


「ダントツで理科室だ。腹開きのカエル、ネズミの心臓、ミミズの神経標本……壁一面に並ぶ生体を間近で見せてもらえるなら、科学班への入部も検討しよう」


「おおぅ……もしかしてグロ系お好きな感じ?」


「生物学的知見から好奇心、探究心を刺激された結果にすぎない。これまで生きてきて、一度(じか)に自分の身体の()()を見てみたいと思ったことはないか?」


「まっ たく ない です」


「なら、お前とは分かり合えないな」



 この学校は普通科と特進科、総合ビジネス学科の別に加えて、専攻分野を設定できる。具体的には農業、工業、スポーツ科学、それに家政コースだ。

 某サッカー小僧を例に挙げると、奴は普通科の授業に加えて栄養学やスポーツ科学などの特別科目を履修、文武両道を目指す――というわけだな。


 全国的に見ても、ここまで幅広い分野をカバーできる高校はほかに類を見ない。同じ学科、同じ教科の時間であっても、選択科目に応じて多様な教室と多数の専門教員を配置する必要があるからだ。

 公立高校でありながら私立校顔負けの学習環境が用意されているのは、逢桜町あさくらまちの子どもに対する大人たちの配慮にして贖罪しょくざいの形。無限大の未来をはばむガラスの天井の手前まで、個々の進路をできる限りバックアップしたいという意向の表れだろう。



「時間の無駄だ。先を急ぐぞ」


「うぇ~い……と言いたいトコだけど、別にゆっくりでも良くない?」


「なぜだ」


「だってこの時間、保健のセンセいないもん」



 第一理科室を過ぎ、突き当たりを左に曲がると昇降口の前に出た。表彰コーナーを通り過ぎ、廊下を右に。その先は朝に立ち寄った宿直室だ。あの時点いていなかった入口のデジタルサイネージが点灯し【会議中 入らないでください】とある。

 目的地の保健室はその先にあった。ドアノブに目を向けると、工藤の言葉どおり責任者の不在を告げる白い横長の札が掛かっている。

 


「ね? 今センは部屋に()()()。ドヤァ」


「くだらないことを言ってないで、質問に答えろ。なぜ今井先生がいないと知っていた?」


「実はウチ、終礼前のホームルームで担任に『出てけ!』って言われたから、仮病使ってサボりに来たのさ。もろバレでずーっと見張られてたんで、みおりんの様子は確認できなかったけどな。すまぬ」


「例の現国教師か。何をどうして怒られた?」


「〝山ピッピ〟って呼んだからじゃね? 知らんけど」


「間違いなくそれが原因だな」



 朝に小林から指摘されたのを思い出し、右手の拳でドアを三回叩く。少し待ってみたが、反応はない。工藤が「失礼しま~す」と言って扉を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ