Side B - Part 3 償い
Phase:01 - Side B "The Frivolous Man"
神妙にお縄についたはずのリポーターが、また身体を震わせわめき始める。さっきまでと違って、今度は脈絡こそないけど意味の通じる日本語だ。
「ごめんなさいごめンなさィ! ワたシ――えへっ、残念……残念ダわ。皆さン、潔く死んデくれレバ――あ、違う、私……あアああアあ!」
「なんだ、これ……どうなってんだよ、サムライさん」
「彼女は自我を失い始めている。ハッカーに身体機能のみならず、精神の奥深くまで侵食を許してしまったんだ。こうなると、自力で抗うのは不可能に近い」
「俺でも?」
「メンタルの強度は、必ずしも侵食難易度に比例しない。心の隙を突かれれば、チャラ男君でも厳しいだろう」
今、俺を駆り立てるものは何だろう。この人を問い詰めた罪悪感? もっと早く行動を起こせばよかった、って自分に対する怒り? それもあるだろうけど、なんとなく違う感情も含まれてる気がするんだ。
激しく胸を焦がすこの想い、鼓動とともに高まるものは――
「かなり言動がバグってきたな。市川さん、犯人はキミの身も心も支配するつもりのようだ」
「いヤ……ワたシ、そんナこと……あハァ」
「だが、あいにく私たちには電子戦でAIを打ち負かす技量もなければ、解毒薬に相当するアンチプログラムもない」
「そうデしょウ。人間サンが敵ウわけ……違う、嘘。なニ、言っテるの?」
「すまない。私たちでは、これ以上手の打ちようがないんだ」
「どうして? 私、こンなこトしたくナい。死ニたクない! お願い、信じテ! だレか、助ケて――!」
目を逸らしたくなる悲壮感。何もできない腹立たしさ。あんたは助からない、助けられないって、被害者本人に直接伝えなきゃいけない無力感と悔しさ。そういうのが全部、ごちゃ混ぜになって襲ってくる。
それはサムライさんも同じだったっぽくて、「なんで」「どうして」って言いたそうな顔をしていたであろう俺の肩に右手を置くと、首を静かに横へ振った。
ポーカーフェイスに隠した本音、触れた手から伝わるわずかな震え。
ああ――この人も、血の通った人間なんだ。
「その代わり、約束しよう。最後までキミを信じると」
「……エ?」
「信じよう。そして証言しよう。この後キミが何をしようとも、それはすべて本人の意思に反するものだった。キミもまた被害者であったのだ、と」
「ナに、それ……」
「それが――それだけが、私にできる償いだ」
その言葉が示す意味さえわからないほど、俺はバカじゃない。冗談だろ、このまま見殺しにすんのか? 相手は同じ人間、しかもまだ意識があるんだぞ!
それに……ずっと気になってたけど、その腰に差した日本刀……まさか、な?
「大丈夫、決着は私がつける。未来あるキミの手を汚させはしないさ」
「そういう問題じゃないだろ! だって……だって、こんな……」
サムライさんに手を引かれる形で俺もリポーターから離れると、彼女は片膝を立てて起き上がった。そのまま歯を使って手首の拘束をきつく締め直し、自分のすねに向けて縛られた腕を振り下ろす。
ばちん――と音がして、プラスチックのコードが弾け飛んだ。完全な自由を手に入れたことで、また周囲の誰かを襲いやしないかと警戒する俺たちを尻目に、黒幕がゆっくりと口を開く。
「初めまして、逢桜町の皆さん」
不思議なことに、俺は追い詰められるほど勘が働く男らしい。
試合中、ボールを持って相手のディフェンダーに追い回されていると、急にゴールへつながる〝道〟が視える時がある。その軌道をなぞるように蹴ると、自然にシュートが決まるんだ。
地道な練習に裏打ちされ、実力至上主義の世界で磨かれた直感はよく当たる。蒼いユニフォームの10番と腕章、ここぞという時の1トップを託されるってのは、それも含めて監督やチームメイトから高い評価を得たからに他ならない。
そして今、そんな俺の第六感がこう言ってる。
この試合――そもそも〝道〟がない、と。