Side B - Part 4 実況解説ライブ配信
Phase:03 - Side B "Kimitaka"
「みんな、伏せろ!」
『窓が閉まりま~す。落とし物にご注意ください!』
前後で同時に化け物の悲鳴が上がり、血しぶきが視界を赤く染める。手代木マネが自動開閉装置を乗っ取り、挟み込み感知センサーをカット。教室の窓という窓を無理やり閉めたんだ。
ばつん――と音を立てて、触角と巨大な指先が宙を舞う。サッシに切断された化け物の一部は、陸に打ち上げられた魚のように教室の床を跳ね回った。
「うわぁああああ!」
「言ったそばから落とすなよ、っと!」
りょーちんは、オレが川岸をかばって床に伏せる間に素早く身体を反転。侵入を試みた飛来物に対し、振り向きざまに右足を閃かせた。
持ち主に「返却」された手の指は窓を突き破り、その向こうにいる敵のむき出しになった目玉へ命中。串刺しにされた卵の化け物は、血の涙と絶叫を撒き散らしながら窓の外を転げ回った。
「川岸、ケガはないか?」
「大丈夫。大丈夫だから、その……離れて、いただけます?」
うおおおおおお!? 女友達に床ドンなんて何やってんだ小林公望!
そりゃまあ、川岸のことは女の子として見てますよ。ハンカチ貸してくれた時なんて、男ならグッと来るシチュエーションだろ。
でも、彼女候補っていうか、恋愛対象としてはピンと来ない。仮にデートするとなっても、サッカーの試合かぶったらそっち優先しちゃうなあ……川岸も川岸で「そうなの? じゃ、また今度」とか言いそうだから、やっぱなんも無いわオレら。
「わーっ! ご、ごめん! 重かったよな」
「ううん、平気。ありがとう、小林くん」
オレはすぐに飛び退き、机の間から顔だけ出して周囲の様子をうかがった。化け物二匹の絶叫に混じって、スピーカーから男女の声が聞こえてくる。
もしかして、校内放送の続きか? さっきみたいに重要なメッセージかもしれない。耳を澄まして聴いてみよう。
『さあ、始まりましたよ防災活動! 本日はキャンパス内を舞台に繰り広げられるスペシャル版ということで、逢桜高校報道委員会による実況と――』
『逢桜町広報室バーチャルリポーター、市川晴海の解説でお送りします』
「……は?」
頭が真っ白に塗りつぶされる。考えようとする意志すら失せる、完全な無。聞こえてきた言葉の意味を、オレはすぐに理解できなかった。
市川晴海って、あのはるみんだよな? 一年前の事件当日、完全自律型AI〈エンプレス〉に洗脳されてりょーちんたちと対立。仲間を化け物に変えていたぶったあと、行方不明になった人。
そんな人がなんでここに? 実況解説って何のこと? なんでこいつら、人が死ぬかもしれない状況をサッカー中継のノリでライブ配信してんだよ!
『なお、映像は出演者のプライバシーに配慮しつつ、校内各所に設置された超小型カメラやドローンで撮影したものに最小限の加工を加え使用しております』
『そういうわけですので、どなた様も安心してご覧くださ~い!』
ちょっと待て。今、校内にカメラがあるって言った? 学校にいる間、オレたちはずーっと監視されてるってこと? 誰が、何のために、何の権限があってそんな勝手なマネしてるんだ!?
……ダメだ、頭痛くなってきた。ツッコミどころが多すぎる。なんつー突拍子もないもの書いてくれてんだよ、川岸!
『まずはA棟、第一演習室の戦況から。VFC逢桜ポラリス・佐々木シャルル良平選手、要保護対象二人を抱えての飛び入り参戦です!』
『きゃーっ! りょーちーん!』
「なんでプロが高校生より雑なコメントしてんだよ。仕事しろ解説者~」
『まったくだ。おひねりの多寡はお前の実況にかかっているんだぞ』
混乱するオレをさらに困惑させたのが、りょーちんと手代木マネの態度だ。ふたりともこの不謹慎な内容に驚くどころか、まるでそれが普通かのような反応を見せている。
解説者、実況、おひねり……ってのは、投げ銭のことだよな。やっぱりこれ、どこかで誰かに見られてるんだ。
「小林くん、これ――」
「おいおい、マジかよ……!」
オレと川岸の横を【始まったな】と書かれた字幕が流れていく。それを皮切りに【くるぞ】【試合開始】【やらまいか佐々木!】みたいに、視聴者のものらしいコメントがガンガン飛んできた。
視界の下の方には、ちょっと長めのコメントと投げ銭を知らせる通知がずらり。まるでオレたち全員、配信者になっちまったみたいだ!
『はっ……! 失礼しました。AIと人間、見事なコンビネーションの先制攻撃でしたね』
【速攻きたああああああ】
『今のやり取り、市川さんはどう見ましたか?』
『スマートウィンドウ装置を使った手代木さんの窓ギロチンから、りょーちんのクロスカウンターミサイル。チームワークを感じさせる痛烈な一撃です』
【クロスカウンター……ミサイル……?(困惑)】
信じらんない、何だよこれ。
人の生き死にがかかってるのに、それを面白おかしくエンタメ化するなんて……
【窓ギロチンは草 テッシーえげつねえ】
『だから、テッシーって呼ぶなァァァ!』
「おんしゃもデカい声で叫ぶな。頭に響く」
それを、誰一人異常だと思ってないなんて……
『初手の感触を踏まえ改めて聞くが、突破できそうか?』
「やらまいかせにゃわからんだら。ま、この程度なら行けんげる!」
【りょーちんの富士訛り駿河弁!】
【これは本気モードですね】
ずっと追いかけてた憧れの背中を、特等席で観られるなんて――
最ッ高に、テンション上がるじゃねーか!




