Side A - Part 7 思わぬ寄り道
Phase:03 - Side A "Mio"
「わああああああ!」
「よ……っと!」
四角く開けた中庭に、堂々とそびえ立つケヤキの大木。あたしたちはその生い茂る枝の中心付近に突っ込む形で飛び移りに成功した。近くに見えた枝先は意外と遠くて、窓から三メートルは離れてたと思う。
あり得ないよね。りょーちんはあたしを抱えた状態で、それよりもっと遠くへ跳んだってことでしょ? 脚力が強くても、イマーシブMRで多少の誇張表現が入っているとしても、この飛距離は無理がある。
『だが、実際にその目で見た者がいるなら――』
それがどんなに信じがたいことでも、目撃者にとっては「事実」になる。ただ、今は理由も原理も発生条件も科学的に説明がつかないだけ。
いつかの帰り道、オカルトを信じるか否かで議論になった時、鈴歌にそう言われたことをあたしはふいに思い出した。
『見事なアルティメットパルクールだ。チンパンジーもびっくりだぞ』
「よーし決まった、カッコ良いな俺! 川岸、ケガはないか?」
「は、はい。おかげさまで」
『何かツッコんでくれマスター! 完全無視は地味にキツい!』
「そしたら、まずは地上に降りよう。指定のチェックポイントはこの先の――」
獲物に逃げられて焦ったのか、確実に捕まえると気合いを入れてるのか。丈夫な太枝をたどって幹の近くにたどり着くと、背後から〈モートレス〉の絶叫が聞こえてきた。
りょーちんが急に口をつぐむ。追っ手のだみ声に混じって聞こえる、別の何かに耳を澄ませているみたい。手代木さんも状況を察したようで、周囲を調べ始めた。
「……聞こえる。A棟三階のどこかに、誰か取り残されてるみたいだ」
『こんな時に限って逃げ遅れか。まさか、ついでにそいつも助け出そうぜ! などと血迷ったことを言い出すんじゃないだろうな』
「頼むよ、セナ。俺を助けると思ってさ」
『おーまーえーなー!』
ずるり、と背後で不気味な音が響いた。保健室の窓から這い出た人面ムカデが、木に取りつこうともがいている。
そこに舞い込んだ、要救助者発見の知らせ。二人が来てくれなかったら、あたしは結界が切れていることにも気づかないまま死んでたかもしれない。
偶然と人の手を借りて、あたしはここまで生き残った。だったら、今度は自分が誰かを助ける番。少しでも可能性が残されてるなら、一人でも多く助かってほしい。
『あのな、お前はよくてもこの子が許すと――』
「あたしも見過ごせません。お願いします、手代木さん」
りょーちんはにっと笑って、再びあたしを横抱きにすると木の枝先に向けて歩を進めた。落ちないギリギリのところに立ち、軽いジャンプを繰り返してムチのように足場をしならせ、大きくなった反動を利用して空高く舞い上がる。
木とほぼ同じ高さで北側に広がる半屋外の渡り廊下、A校舎につながる連絡通路の屋根に着地すると、ストライカーはこれまたダチョウもかくやの速さでその上を軽やかに走り抜けた。
『近くにいる超小型偵察機から情報が入った。救出目標は一名、声の周波数からして若い男。おそらく生徒だ』
「〈モートレス〉の数は?」
『二体だ。まだなりたてなのか、比較的原型をとどめている』
「了解。それなら、楽勝だ……なっ!」
校舎につながる道のうち、一番奥にある通路を右折。階段室の手前で勢いをつけ、教室ひとつ分の高さとテラスの柵を一息に飛び越え、A棟三階へ侵入する。
そして、目の前にいた〈モートレス〉へ、ダイビングシュートという名の飛び蹴り一発。水を吸ったスポンジみたいに肥大した肉の塊は、血と悲鳴を吐きながらテラスの端まですっ飛んでいった。
「無事か? もう大丈夫だぞ!」
「あ、ああ……」
床に降ろしてもらい、あたしも現場へ踏み込む。空き教室の中は机がめちゃくちゃに乱され、壁に椅子が突き刺さり、照明が器具ごと床に散乱するひどい有様だった。
「なんで、ここに――夢じゃないよな、りょーちん……!」
その爆心地から、救出目標の声がした。あたしとは別のベクトルからりょーちんを崇め、愛してやまないもう一人の大ファンが床に座り込んでいる。
逢桜高校1年C組、サッカー班の大型新人。小林公望くんが、青白い顔をしてそこにいた。




