Side A - Part 5 開幕戦
Phase:03 - Side A "Mio"
「先……りょーちん!」
「つかまれ!」
敵の姿を視認するよりも早く、佐々木先生――りょーちんはあたしを抱え上げて横に跳んだ。踏み切る寸前、電子スターティングピストルを置いた机の脚を右足で軽く蹴ると、土台が動いた反動で天板の上の武器が宙に舞う。
それを右手で回収し、崩壊した出入口に向けて立て続けに二発。発砲に合わせて銃火が閃き、射手の腕も反動で跳ね上がって見えたのに、銃声として聞こえたのはおもちゃのような電子音だった。
音が変わったのは、本物の銃じゃないことに気づいたあたしの脳が認識を訂正した結果、りょーちんの持ち物がニセモノ判定になったことを裏付ける証拠。MRの世界ではとても重要な意味を持つ反応だ。
(ピストルを本物の銃に見立てて撃つイメージを、イマーシブMRで具現化。見聞きした人の五感に錯覚を起こさせ、間接的な現実への干渉を可能とする……実際やってみるとこうなるんだ!)
自分の考えた空想科学理論でちゃんと攻撃が成立する瞬間を目にし、あたしはその再現度に舌を巻きつつ言い表しようのない感動を覚えた。
『一時避難は賢明な判断だが、方向が悪い。実に悪い』
「右は地上二階の窓、左と後ろは厚い壁。そして前から化け物ってか?」
立ち込める土煙の中、巨大なシルエットが絶叫し大きくのけぞる。見たところ、敵は「撃たれた」って客観的事実だけを認識して、ニセモノの武器だとはまだ気づいてないみたい。
それで、実弾で撃たれたと勘違いした結果、脳から異常な信号が出て一部の細胞が勝手に暴走。身体が破裂して、実際の着弾による負傷と同等の傷を負った感じだね。
(見破られない限り、りょーちんの銃は〈モートレス〉に効く。でも、致命傷は与えられない。国から災害扱いされるようなモノが、あっさり倒せる雑魚なら誰も苦労しないって!)
手代木さんの短い講評は、そんな都合の悪い現実をよく物語っていた。りょーちんは銃と目を侵入者に向けたまま、あたしを連れて部屋の奥まで退避する。
『ものの見事に行き止まりだな』
「さあ、どうする?」
「あたしに訊かないでください!」
思わず大声で抗議したその時、煙幕の中から太いロープのようなものが三本飛び出してきた。蛇のように素早い動きで迫るのは、あたしの見間違いでなければヒトの大腸だ。
りょーちんが近くのベッドに置いてあった枕と掛け布団を投げつけると、うち二本の生ホルモンはおとりをがんじがらめにして煙の中へ引きずり込んだ。
「セナ!」
『委細承知!』
残り一本はまっすぐあたしを狙ってきたけど、手代木さんがカーテンレールに取りつけられた〈Psychic〉連動型の自動開閉装置を操作し、三つの病床すべての間仕切りカーテンを一斉に引いた。
はらわたが混乱した隙に、あたしたちは窓際へ身を寄せる。一番近くにあったベッドが身代わりとして、脈打つ大腸に捕まった。
「よーし、よくやった。ナイスアシスト!」
『パートナーAGIにしてマネージャーたるもの、常にスマートでなくてはな。もっと褒めてもいいんだぞ』
「はいはい、すごいすごーい。セナさん神ってる~」
『心が! こもって! ない! 俺にも神対応しろ、チャライカー日本代表!』
(そういえばこの人、小林くんの憧れで最終目標なんだっけ。ってことは、これが元祖で本家本元ってことになるのか……)
生体ロープは鉄製のベッドを持ち上げるのに手こずり、フレームをギシギシきしませている。やっぱり〈モートレス〉でも重いものは重いのかな。
すると、男性陣はその様子に違和感を覚えたらしく、敵の動向をうかがいながらあたしに〈テレパス〉でひそひそ話をしてきた。
『――気づいたか?』
『奴らは〈モートレス〉になる過程で筋力も増強されるはずなのに、ベッドひとつ持ち上げられないとは非力すぎる。しかも、獲物を取り逃がしたのに追撃してくる様子がない』
『ヒトの腸は痛みを感じないが、感覚はある。締め上げても手応えがないことには気づいてるはずだ』
『それを理解していながら襲って来ないとなると、こちらの出方を見てるか、あるいは――』
『川岸、セナ、二人とも気をつけろ。イヤな予感がする』
『は、はい!』
手代木さんが間仕切りカーテンを戻した。部屋中に漂う煙が少しずつ引いていく。夕日が当たり、闇が消え、倒すべきモノをあぶり出す。
俗名を生命無き者――〈モートレス〉、法律上は〈特定災害〉と呼ばれる奇妙な生物を目にした瞬間、あたしは全身から一気に血の気が引くのを感じた。
「あ……朝、の……っ」
『アサノ? しまった、知り合いか!』
「そいつはご愁傷さま。でも、あんなの見たらアサノさんでも誰でも知り合いやめたくなるぞ」
目に飛び込んできたのは、ケルベロスか阿修羅像のように三人の人間がくっついた頭部。そのすべてにあたしは面識があった。
今朝、大家さんをけなした口で小林くんに絡み、あたしたちの行動をはやし立てて好感度を地に落とした同級生たち。あの男子三人組が、変わり果てた姿になって現れた。
「見づゲダ……見ぃヅげだぁぁアぁア!」
『見つけた、と言っているようだな。やはり面識が?』
「今朝、昇降口で初めて会いました。友達とタメで話してたから、別のクラスの同級生かと」
首がなく、ダイレクトに頭とつながった太い胴体は肉感的なピンク色で、保健室の外に向かってミミズのように長く伸びている。
その表面からは細長い手足が無数に生え、なぜかおでこを起点として前に垂れた二本の長い舌も、言いようのない気持ち悪さを増幅させた。
ああ、何かに似てると思ったら触角だこれ。同級生がムカデになった。そんな感想が頭に浮かんだ瞬間、すべての思考が停止して――
(――生理的に、無理)
彼らに恨みはない。でも、頭に浮かんだたった一言、おぞましい嫌悪感の表現によって、あたしは三人を不快害虫と同列にしか見なせなくなってしまった。
「りョーヂん……みぃヅげダぁァアぁア!」
「ぎゃあああああああ――ッ!」
『ははッ、こいつは傑作だ! 化け物にもモテたって自慢できるぞマスター!』
「ヒトの形してないゲテモノはオフサイドだよ!」
あたしが絶叫したのと、化け物の巨体が突進してきたのはほぼ同時だった。逃げる? どこへ? どうやって? パニックで頭が真っ白になる。
さっきから目の前に見えているスクリーンは、今の状況を刻々と実況するだけ。何をどうやっても作者の意思を反映してくれない。
ごめんなさい、二人とも。あたし、やっぱり――!
【シナリオ干渉モードを起動します】
諦めて目をつぶったちょうどその時、そんな内容のカットインが〈Psychic〉の合成読み上げ音声を伴って表示された。




