Side A - Part 2 ルート分岐
Phase:03 - Side A "Mio"
『では――〝トワイライト・クライシス〟原作者、川岸澪。日本国国家安全保障会議、NSCの命により、特務執行官・佐々木シャルル良平と手代木瀬名がお前を保護する』
「そういうわけで、ひとつよろしく!」
二人がそう宣言すると、場違いなファンファーレが辺りに鳴り響いた。現実とくっついたまま閉じなくなった複合現実の世界に、ゲームのようなポップアップ画面が表示される。
「えっ? え? 何これ、キモっ!」
「血の色のメッセージウィンドウに、ただ一言【任務完了!】か。確かに薄気味悪いな」
NSC……役場の偉い人(旧総務課の課長。つまりお父さんの上司)さんが家に来て、うちと鈴歌たちの二家族を緊急保護対象に指定したって説明された時、その名前を聞いた気がする。
だけど、一般人たるあたしの認識はその程度。国の非常事態に際して活動する集まりだってことは社会の授業で習っても、具体的にどんな仕事をするのか、それが国民個人の生活とどう関わっていくのかは、実際に見聞きする機会がないから想像の範囲にとどまってしまう。
(あ~、もう! 自分で書いた話なのに、何が何だかわかんない!)
そんな中でも、一つだけはっきりしたことがある。りょーちんと手代木さんに指示してあたしを助けに来させた誰か――味方がほかにもいる、ってことだ。
『引き続き、第二段階に移る。俺たちと一緒に来てもらおう』
「待ってください、手代木さん! 任務とか段階とか、さっきから何の話をしてるんですか」
「あんたと特徴が一致する〝ミオ〟って名前の女の子を、生きたまま大講堂へ連れて来い。成功すれば、その時点で生きてる町民全員の命を保証する――ついさっき、そんな通知が〈テレパス〉で配信されたんだ」
少し気が抜けたのもつかの間、りょーちんから寝耳に水の補足説明が飛んできた。
ウソでしょ? あたし、そんなの聞いてないよ! 知らないうちに敵味方の両方からターゲットにされてるってこと!?
『こういった通知は当人に黙って流されるものだ。訳も分からず他人に追いかけられる状況を作り出し、目標をパニックに陥れる魂胆だろう』
「そうやって達成難易度を上げ、俺たちが四苦八苦するのをどっかで見て愉しむ、と。ずいぶんいい趣味……汚い手使ってくれんじゃないの」
『はい、イエローカード! 本音が漏れてるぞ、本音が!』
二人の言葉を聞いて、あたしは考えた。ここは完璧な安全地帯だ。生き残ることを最優先にするなら、保健室を離れる理由がない。警報が解除されるまで、三人でここに閉じこもっていればいい。
でも、この部屋の外はどう? この時間は全町民が化け物と鬼ごっこ状態にある。お父さんは役場、お母さんも小学校で緊急対応にあたってる。鈴歌と小林くん、工藤さんだって逃げ遅れたかもしれない。
さあ……どうする、川岸澪?
たった三人の命と引き換えに、何人の町民を犠牲にする――?
「ちなみにこの〈テレパス〉、例によって発信者不明。まあ、眉唾ものだよな。だから俺はおまえに避難を強制しないし、するつもりもない」
『な……!? 良平! 何を言って――』
「でも、この取引が成立したら、多くの人の命が助かる。おまえは書き手であると同時に、町民みんなの運命を変える主人公にもなれるんだ。それって、すごいことだと思わないか?」
やっとわかったよ。これ、原作小説に盛り込んだ「ルート分岐」要素だ。あたしがこのまま主人公でい続けようとするなら、避けては通れないこと。物語の方向性を決める選択をしなきゃいけない。
――なんて、そんなこと急に言われても困るよ! 選択ひとつに大勢の人命がかかってるってことでしょ? 著者の立場からおぼろげにしか意識できなかった重圧と責任が、急にのしかかってきた。
どうしよう、息が詰まる。胸が苦しい。助けを求めてすがるような目を向けると、天才ストライカーはあたしに右手を差し伸べて言った。
「俺は、この黄昏を越えていく。おまえも一緒について来いよ」




