Side A-2 / Part 4 ガール・ミーツ・ストライカー
Phase:02 / Side A-2 "Mio"
『さっきから黙って聞いてりゃ……いい加減にしろよおんしゃ。ぶっさらうぞ』
「え?」
『川岸、って言ったっけ? 葉山先生の悪口はぜーんぶ録音しといたから、あとで学年主任と校長先生と町の教育委員会にダイレクトシュートお見舞いしようぜ!』
『な……!』
『バッドエンドをご所望でしたか? そいつは残念、足の速さとしぶとさにかけては定評のある俺です。二分もあればそっちに着くから、それまで静か~に待っててくれよな』
割り込んできた念話相手はそう言うと、一方的に通信を切った。若い男の人の声だったと思うよ、一人称も「俺」だし。
ここへ駆けつけてくれるというその言葉を、あたしは信じて待つことにした。葉山先生が『覚えてろ、……木!』とか何とか言ってたけど、希望に出会うと細かいことはどうでもよくなって、すがりつきたくなるのが人間というものだ。
担任とも連絡を絶って、あたしは内開きのドアの前に移動した。
いつもなら、あっという間に過ぎる二分。カップラーメンが出来上がるよりも短い二分間が、これまでの人生で一番長く感じられた。
――そして。
『これで最後だ、道を空けな!』
曇りガラスの窓がはめ込まれた扉の向こうで、青白い閃光が見えた。何か軽いものが風を切って飛ぶ音がした直後、強い衝撃と振動が建物全体を激しく揺さぶる。
「うわあああああ!」
『今だ、開けろ! 戸締まりは俺がやる!』
ドアノブが白く光って見える。このまま扉を開けたら〝防災結界〟が解除されることを示す警告だ。
自分のことだけ考えるなら、このまま開けずに無視すればいい。助けに来てくれた誰かの命は、あたしの行動にかかっている。
取っ手を握る右手首を、左手でつかむ。ダメだ……手が震えて、力が入らない。
じゃあ、やめれば? と悪魔の声が聞こえる。だってこの人、勝手に来たじゃん。あたし、助けてほしいなんて言ってないよ? と。
目を閉じ、歯を食いしばり、首を横に振って誘惑に耐える。できる。開ける、開けろ、開け。
あたしはここで終わらない。こんなところで立ち止まれない。絶望の中で差し伸べられた、この手を取るって決めたから――!
「よーし、いい子だ!」
開いたドアの隙間へ身体をねじ込みながら、救援者は昇降口のほうに右腕を向けた。発砲音を数発聞いて、その手に握られているのが銃だと気づく。
急いで内側から鍵をかけ、再び結界が有効になったことを確かめると、彼は西日を背に受けるあたしの顔をじっと見つめて言った。
「独りでよく頑張ったな。締め出されるの覚悟で来てみたら、すんなり通してくれるとは。ここからは、俺がその勇気に応えよう」
キラキラ輝く金と黒、ツートンカラーのツーブロック。二次元じみた青さの目。四月上旬の宮城で夕方に着て歩くには、ちょっと寒そうな半袖短パン。
年がら年中、それを仕事着かつ勝負服として身にまとう姿は、おとぎ話から抜け出してきた白馬の王子様がサッカー選手のコスプレをしているようだった。
その王子様があたしの前にひざまずき、首を垂れる。
すごいな、この光景。これがもしプロポーズだったら、女の子はみんな口上を述べ始める前にOKしちゃいそう。
「初めまして、マドモアゼル。俺は――」
閉ざされた世界の〝神〟にされた少女と、アルティメットなストライカー。
のちに世界を変える二人はこの日、出逢うべくして出逢いを果たした。




