Side A-2 / Part 3 裏切り
Phase:02 / Side A-2 "Mio"
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
どれくらいの時間、意識を失っていたんだろう。頭の中で反響する不気味なアラームによって、あたしは人生最悪の目覚めを迎えた。
(今の……聞き間違い、じゃないよね)
生理的な気持ち悪さを呼び起こし、緊張感を持たせる電子音。この町に住んでいれば一日一回は耳にする。それも決まって必ず夕方、黄昏時と呼ばれる頃に。
ベッドから飛び起き、間仕切りの白いカーテンを開け放つ。保健室の窓から差す光は、朝よりも明らかに赤みがかっていた。
なんでもう夕方になっているのか、あたしは本当にほぼ丸一日寝ていたのか。じっくり考えるのはあとにしよう。
『――し』
磁気嵐警報を受信したら、やることは決まってる。まずは自分の〈Psychic〉に異常がないか確認し〝じきたん〟を起動。警報が出たのは町内のどこか、自分が対象地域に入ってないかを調べるんだ。
それと同時並行で〝防災結界〟のチェックも忘れずに。具体的には〈Psychic〉で子機の電波を拾い、結界があるか、作動してるかどうかを確認する。
もし、一つでも当てはまらないものがあれば、すぐに避難しないと百パー死ぬ。
『……おい、川岸』
XG通信――クロス、またはテン・ジーって呼ばれる〈Psychic〉専用の超高速・極大容量通信回線は、警報が出た直後でひどく混み合っていた。
頼みの綱の〝じきたん〟も、桜の花の形をしたアイコンがくるくる回るローディング画面から動かず、なかなか検索に進んでくれない。
『川岸! 聞こえているなら返事をしろ、このグズめ!』
しびれを切らして仮想スクリーンをぺちぺち叩いていると、急に知らない声から〈テレパス〉を通じて呼びかけられ、あたしは思わず飛び上がった。
空中に出した仮想ディスプレイの発信者名は【1-C 葉山】。いきなりブチ切れ状態で初登場を果たした担任の先生だ。どこから連絡してるんだろう。
……ってか今、何つったこいつ? うちの親を通じて校長先生と教育委員会に言いつけるぞ。
「え、と……葉山、先生?」
『入学早々死なれちゃ困るんだよ。私の評価が下がるだろう』
そして、追い打ちでこの発言。前半部分でやめときゃ生徒思いの先生だって誤解してやったのに、マジで何様だよこのクソジジイ。
小林くん。お友達から聞いた担任の悪評、どうやらガチっぽいです。
「すみません。たった今、警報で目を覚ましたばかりで」
『なんだと? 冗談も休み休み言え』
「冗談じゃありません。本当に、起きたら夕方になってたんです」
『呆れた言い訳だな。どうせ仮病、オリエンテーションをサボりたかっただけだろう!』
うーん、この自意識過剰な被害妄想。事実じゃなくても「そうだよバーカ!」って返事してやりたい。
とはいえ、相手は腐っても教師。目上の人間だ。アホ臭いと思いつつ、大人よりも大人のあたしはもう少しだけ茶番につき合ってやることにした。
『そんな不良生徒に残念なお知らせだ。保健室には誰もいない』
「でしょうね。不良じゃなくてもわかりますよ」
『だが、幸いにもそこは〝防災結界〟と物資が潤沢にある場所だ。お前独りなら一週間は籠城できる用意がある』
先生のご高説を聞き流している間に検索が終わった。警報が出てるのはここ、敷地全体が結界でカバーされているはずの逢桜高校キャンパス内だ。
【局地的磁気嵐警報(レベル5・緊急避難)
対象地域:宮城県逢桜町 宮城県立逢桜高校敷地内
発生時刻:午後五時○三分
甚大な被害をもたらす災害が間近に迫っています。
急激な体調悪化、電子機器やパートナーAGIの故障に厳重な警戒をしてください。
ただちに、命を守る行動を取ってください。
対象地域の方は、速やかに頑丈な建物の中へ避難するか――】
安全なはずの校内に〈モートレス〉がいる。その原因は〝じきたん〟を見てもわからなかった。町も学校も戦時体制に入って、調査どころじゃないらしい。
葉山先生の言うとおり、保健室は独自の〝防災結界〟で囲まれてた。破られた構内のと併せて二重の防御になってるんだ。ここの結界さえ生きていれば、アイツらはあたしに気づかない。
つまり、あたしはこのまま保健室にとどまり、警報解除を待てば良し。労せずして死亡フラグ回避、生徒に死なれたら困る担任もニッコリ。
万事解決ハッピーエンド! と思ったんだけど……
『そんな安全地帯を独り占めして、皆に申し訳ないと思わないのか?』
「……なんで?」
予想してなかった葉山先生の反応に、あたしは言葉を失った。
確かに、一度作動した〝防災結界〟は外から解除できない。人間はこの部屋の存在を認知できるけど、中に入れる/入れるかは先客の決断次第。
つまり、もしも誰かがここへ来たら、あたしは究極の選択を迫られる。
『負傷した者は保健室を目指す。誰かが訪ねてきたその時、お前が化け物に見つかることを恐れ、ドアを開けなかったら?』
「そんなこと――!」
『しない、とは言い切れないだろう? 誰しも自分が一番可愛いからな。自分を厳しく律しても、最後は恐怖に負け利己的な手段を選ぶのが人間というものだ』
「……さすがですね。現代文の先生らしく嫌味ったらしい」
『ふん、何とでも言え。私は確かに注意した。忠告したぞ、川岸!』
扉を開けない。それは、誰かを見殺しにすることを意味する。
扉を開けたら、負傷した人もろとも〈モートレス〉に見つかって殺されるかもしれない。運よく収容できたとしても、致命傷だったらどうしようもない。
いずれにせよ、尊い命が喪われたなら、それは自分勝手な新入生のせい――。
このクズ教師は、そういうシナリオを組み立てている。自分の生徒を護るどころか「私は悪くない」「関係ない」って言い張るつもりなんだ。
『入学早々、面倒事ばかり起こしやがって。私はお前みたいな生徒が大っ嫌いだ。ああ……クソガキといえばもう一匹、生意気な頭痛の種がいて嫌になる』
「気が合いますね、あたしも先生みたいな先生は嫌いです。あと、正論が口答えに聞こえるなんて頭大丈夫ですか?」
『う、うるさい! あれも〝逃げ遅れた人を避難させる〟などとほざいて、自分から外に出て行った。せいぜい犬死にがオチだろうになァ!』
目の前にいたら急所を蹴り上げてやりたくなるほどムカつく念話相手の顔を、あたしはあまりよく憶えてない。
でも、きっとそれでいい。憶えてたら憎しみが増すだけだろうから。
『ふ、はは……ハハハハハハハ!』
自分は安全地帯にいるからって、好き放題言ってるな。実は今いるところの結界破れてました、ってパターンで無様に命乞いすればいいのに。
冷静な第三者の声が割り込んできたのは、そんな呪いのフラグを立ててやる寸前まであたしの怒りが煮えたぎった時だった。




