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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:02 ガール・ミーツ・ストライカー
44/97

Side A-2 / Part 1 青春が、はじまる

Phase:02 / Side A-2 "Mio"

「ほんっっっとすげー盛り上がりだったよな、あの試合! もうしょぱなから全力全開でさあ、どんだけ大勢にマークされようがお構いなしよ」


「高速ドリブルで正面突破、フェイントに相手総崩れ。最後はキーパーと一対一からの豪快なミドル! さすがりょーちんオタク、分かってるな」


「しかも英語とフランス語しゃべれるし、金髪に青い目のザ・イケメン王子。ピッチに出ると大歓声に会場が沸く、サッカー界のアイドルって感じ」


「分かりみの深しみ。現役引退したら俳優かタレントになってくんないかな……」


「お前らは顔じゃなくてプレーを見ろよ!」



 ……あのさあ、小林くん。あなたこそ突破力おかしくない?

 なんでもうクラスの中心にいるんですかねえ、このコミュ力お化け!



「では、改めまして自己紹介を。尊敬する大人は佐々木シャルル良平、憧れの選手はもちろんりょーちん。サッカー大好き大得意、小林公望(きみたか)です! よろしく!」


「ほう。ほほ~う? 逢桜中アサチューで最もチャラい、りょーちんオタクのストライカー。略してチャライカーとはおぬしのことか」


「だいたい合ってるけど違いまーす」


「どっちだよ!」



 教室内にどっと湧き起こる笑い声。一つ下の二階で鈴歌と別れたあと、三階の踊り場から入口の引き戸についてるガラス窓越しに「知ってる顔少なっ! こりゃアウェーだわ」とつぶやいて1年C組に入った数分後、小林劇場が幕を開けた。

 直前まで知ってる人、同じ学校の出身者同士で固まってたのに、自分の席の近くで立ち話をしてた男子へ小林くんが話しかけてからの試合展開はあっという間。磁石を近づけられた砂鉄みたいに、みんなどんどん窓際へ吸い寄せられていく。


 そしてあろうことか、あたしの席はそのネオジウム磁石の真横だった。

 教室の中ほどの行、教壇から向かって右側二列目という絶妙にサボれない場所にあるうえ、こんな人気者が隣だったら――



『ごめん、川岸! 教科書見せてくんない? 寮に置いてきちゃった』


『待って待って待って、近い! 近すぎ! レッドカード!』


『何言ってんだ、席くっつけないと見えないだろ。もっとこっち来いよ』


『ひえぇぇぇぇぇ~!』



 あ、ダメだこれ。デッドエンドだ。妄想シミュレーションするまでもなく「川岸さん、ちょっと調子乗ってない?」とか因縁いんねんつけられて、同じクラスの女子たちから校舎裏に呼び出されるやつですわ。



(やだよ~……初日から目ぇつけられたくないんですけど。特にあのギャルっぽい子、いかにもな感じ。視線合わせないようにしよっと……)



 隣の席のストライカーから一時的に距離を置くことに決めたあたしは、極力目立たないよう抜き足差し足で人だかりの後ろを通り抜け、そーっと椅子いすを引いて席に着いた。

 そうだ、こういう時こそ読書じゃん! あたしってば冴えてる~。心を落ち着かせようと『もろびとこぞりて』をカバンから取り出したその時、事件は起きた。



「はろはろ~。そこの茶髪のおねーさん、お名前は?」


「え……ええっ、あたし?」


「はい。あたしです。ウチは工藤くどう七海ななみ、ななみんでいーよ」



 あたしに背を向け、小林くんと話し込んでいた女子のひとり。よりにもよって一番関わりたくないと警戒していた子が急に振り返り、向こうから話しかけてきた。

 軽く巻いたセミロングの毛先と前髪の右端に真っ赤なメッシュを入れた金髪で、右手首には赤無地のシュシュ。ミニ丈のスカートに腰巻きカーディガン、目のやり場に困るほどシャツの胸元をくつろげて腕まくり。すでに風紀面で問題児すぎる。


 絶対仲良くなれないタイプだし、いきなりあだ名呼びなんてハードル高いよ! ギャルのノリってこれが普通? 毎日こんな調子で会話すんの?

 ごめん、前言撤回! 助けて小林く~ん!



「やめろよ工藤。無理やり絡むな」


「邪魔する気なんかありませーん。何読んでんのかなーって、キョーミ津々(しんしん)なだけでーす」


「え、ななみん本読めんの? マンガとファッション雑誌以外ぶん投げそうなのに」


「はァ~? そんなことないし。字が読めれば読めるし」


「読めても『理解でき(よめ)る』とは限りませんぞ工藤氏」


「みんなひどーい! こう見えてウチ、バカじゃないんですけど!」



 そんな心の叫びが伝わったのか、小林くんとほかの人たちが助け舟を出してくれた。工藤さんの注意が逸れたことで、あたしもちょっと冷静になる。

 初対面の人へ話しかけるには、誰だって勇気が要るはず。せっかくのチャンスを無視するのはもったいないし、マナー的にも最低だ。

 先手を打たれたなら、あとは時間との勝負。反応は早ければ早いほどいいし、遅くなれば手の打ちようがない。


 しっかりしろあたし、高校デビュー決めるんだろ? 行け!



「あ、あのっ」


「うん?」



 本を閉じ、席を立って、怪訝けげんそうな顔の工藤さんを見つめる。少し震える声で名乗ろうとした瞬間、すぐ近くで大きな衝撃音がした。

 あたしの斜め前、教室の真ん中あたりの席に座っていた子が、机に荒々しく手をついて立ち上がる。三つ編みのお下げに丸メガネをかけた、おとなしそうな女の子だ。うろ覚えだけど、同じ中学校出身だったような気がする。


 その子は迷いなく、つかつかとあたしのほうに歩み寄ってきた。右手に何か、きらりと光るものをたずさえて。

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