Side B - Part 1 緊急事態発生
Phase:01 - Side B "The Frivolous Man"
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
頭の中で聞こえる不気味なチャイム。それもただの音階じゃない、本能的な危険を想起させる不協和音だ。
こういうの、あんま例えたくないんだけど……緊急地震速報を耳にした時の背筋がゾワっとする感じ、といえば想像がつくか?
「うわっ……!」
突然、カメラのフラッシュみたいな強く白い光を浴びせられて、俺は反射的に両腕で顔を覆った。
誰だか知らないけど、いきなり何すんだよ! 着物のおっさんに「そのコードネームで呼ぶのやめてくんない?」って抗議すんの忘れただろ!
自分は「サムライ」で、俺が「チャラ男」。俺の「マネージャー」とケンカしてるお姉さんが「じゃじゃ馬」って、パワハラだろパワハラ! 差別! 職権濫用!
【強制入電中 この通信は拒否できません】
――で、光が弱まったのを見計らって防御体勢解いたらこれよ。
目の前には仮想ディスプレイ、意味不明な警告表示。おどろおどろしい真っ赤なフォント。ドッキリにしてもやり過ぎだろ。
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
『サイバー攻撃だ! 一時休戦を提案する!』
「業腹ですが同意しましょう、根暗変態クズメガネ。発信元は一体どこなのですか?」
『目下分析中だ。話しかけるな石頭』
「は? 笑わせますね。AIのくせにウスノロだなんて」
落ち着け俺、こういう時こそ冷静になるんだ。コードネームガン無視でモメるマネージャーとじゃじゃ馬は置いといて、現在の状況を分析してみよう。
まず……さっきの警報音、頭に直接響いてきたな。これは〈Psychic〉の代表的な作用によるもの。こめかみに埋まってる端末が俺宛ての情報を受信すると、それが脳内で音声に変換され、聞こえたと思わせる仕組みになってるんだ。
発信も簡単で、メッセージアプリ〈思念通信〉を使えば誰でも即座に想いを伝えられる。科学的な「脳内再生」を実現したってことで、人工テレパシーとも呼ばれてるぞ。
「発信者不明の〈テレパス〉か。非通知ではなく『不明』という表記で察しはついたが、案の定〈Psychic〉が操作を受けつけなくなっている」
『お侍さんは理解が早くて助かりますよ。ちなみにこの状況、どう思います?』
「チャラ男君風に言うと『わりとマジでヤバい』級の人類滅亡危機」
「はあ?」
次は、この警報が誰に届いたかを考えてみよう。
地元民っぽい、黒髪ロングのクール系女子……高校生? 中学生か? とにかく、さっきから俺のことじーっと見てた制服姿の女の子は、警報が鳴ったあと仮想ディスプレイに目を奪われてる。俺と同じ警告画面を見てるっぽいな。
まわりに目を向ければ、実に多くの老若男女が彼女と同じ行動をとっている。となると、町民から桜まつりの観光客まで、情報通信手段を持つすべての人間に届いたと考えるのが妥当か。
「あくまで私の推測だが、この警告音を聞いた者――逢桜町内ほぼすべての人間は、何者かに脳をハッキングされている。現在進行形でね」
「はああああああ!?」
で、結局俺たちどうなってんのって話だけど、サムライさんが俺の言おうとしたことぜーんぶしゃべってくれちゃったので以下省略。
マヌケな「は?」の三段活用を披露してくれたじゃじゃ馬はイマイチ理解できてないっぽいけど……要するに俺たち、大事件に巻き込まれちゃってま~す!
「スタジオ、聞こえましたか? 電子音、警告音のようなものでしょうか。私にも発信者不明の〈テレパス〉が届きました。こちらがその警告表示画面です」
『聞こえます。市川さん、引き続き現在の状況を伝えてください』
「はい。仮想ディスプレイ上のメッセージウィンドウには、血のように赤い文字で【この通信は拒否できません】と書かれています。黄昏時を迎えたこの町で、一体何が――」
近くにいたテレビ局の取材班が緊急特別報道に切り替えてすぐ、車道のほうからイヤな音がした。河川敷にある桜まつり会場の駐車場へ入るため、橋の上で空きを待つ車列の最後尾にいたセダンが、アクセルベタ踏みで急加速したんだ。
それが前の軽自動車に勢いよく追突し、軽自動車も前の車に……って調子で、橋の上はたちまち玉突き事故に発展。トドメとばかりに、衝突の弾みで車が斜めに傾きスキー競技のジャンプ台みたいになった現場に向けて、駅側の対岸にある大通りから暴走車が猛スピードで迫ってきた。
(おいおい……あれ、こっちへ突っ込んでくるパターンじゃん!)
宙に舞った白い商用ミニバンは、俺の予想どおりまっすぐこっちへ飛んできた。撮影クルーたちは悲鳴を上げて逃げ出したが、リポーターがその場から……
動かない? いや、違う。固まって動けないんだ、この女!
(だったら、俺が――!)
けれど偶然、この場には俺と同じ考えを持つ人間がいた。そして、スタートダッシュも一歩早かった。
自転車が倒れる音を合図に、スローモーションのようだった体感時間が元に戻る。愛車から手を離して全力疾走する女子生徒は俺たちの前を通り過ぎ、マイクを持ったリポーターに渾身の体当たりを決めた。
「危ない、伏せろ!」
「きゃああああっ!」
ふたりはもつれ合いながら歩道の上に転がった。これがアメフトかラグビーなら、お手本のようなタックルだったともてはやされたことだろう。
バンは俺たちの頭上を越え、街路灯のポールに衝突して車道側に跳ね返された後、きりきり舞いしながら駅の方角に落ちていった。
金属の潰れる音と甲高い悲鳴に、周囲一帯が騒然となる。土地勘のない観光客は右往左往し、積み重なった車から血とガソリンの臭いが漂ってきた。
こんな大事故がお祭りのメイン会場前で起きたってのに、お巡りさんも関係者もすっ飛んでこないなんて……一体全体、どうなってんだ?
「あ、う……」
「すみません。車がこっちに飛んでくると思って、つい」
地面に叩きつけられた痛みに耐えながら謝る女子生徒の横で、リポーターがよろよろと上体を起こす。二人とも大きなケガはなさそうだ。
この子、やるな。自分の危険を顧みず他人を助けようとするなんて、そうそうできることじゃない。カッコ良かったぞ、ファインプレー!
そんなことを考えながら、居合わせた誰もが胸をなで下ろしたのもつかの間――気が抜けて緩んだ空気は、一瞬にして粉砕された。