Side C - Part 2 決意の証
Phase:02 - Side C "Kimitaka"
「小林くん?」
――っ!? オレ、今……何か、ヘンなこと考えてた?
あっぶねー、全然まわり見えてなかった。川岸が正しい名前で話しかけてくれなかったらどうなってたか……。
今さら泣いてもわめいても、もう決まったことだ。うだうだ考えるのはやめにして、いつもどおりのオレでいこうぜ。
「何? 川岸、オレの顔になんかついてる?」
「髪、染めたんだね。スポーツ推薦なのに大丈夫なの?」
「だーいじょぶ、だいじょぶ。親と先生、先輩たちからも入学前に許可取ってあるから。校舎の壁と同じレンガ色、テラコッタっていうんだってさ」
いや、ほんとマジで大丈夫なのよ。心配してくれるのはありがたいけどさー。
そりゃまあ、連絡もらった時はめっちゃ落ち込んだよ。俊英には行けない、プロからも声かからない。この先いくら頑張っても無理ってんなら、サッカー自体やめちまおうかとまで思い詰めた。
でもさ、オレ、小学生の妹にこの話したら鼻で笑われたんだ。信じられるか? 兄貴がくっそ落ち込んでるのに「バカじゃねえのお前」って顔しやがったんだぜ。
『お前に何がわかるんだよ。一生懸命頑張ってきた人の気持ちも知らないで、わかったような口利くな!』
『分かるよ。私は小五、四年後には高校受験。お兄ちゃんと同じ立場になる。それまでにこの町が元どおりにならなかったら、私も同じことを言う』
『お前はあと四年あるだろ。オレには今しかない、もう終わりなんだよ!』
普段は兄妹ゲンカなんてしないんだけど、あの日のオレは気が立ってた。人生終わっちまったような気がして、誰にその怒りをぶつけたらいいかわからなくて。
だけど、妹は……来華は、読んでた本を閉じるとオレにこう言った。
『――いずれ〝宮城のりょーちん〟と呼ばれることになる男を獲らなかったこと、後悔するなよ』
『! おま、え……』
『りょーちんなら、そう言って練習に行く。お兄ちゃんは、どうする?』
すげーよな。あれ聞いた時、目が覚めたような気がしてさ。すぐに進路指導の先生んトコ行って、ギリギリで逢桜高校に推薦入試の願書出して、ほぼぶっつけ本番で受験して……
この髪色は、決意の証。女々しくめそめそしてた雑魚メンタルのオレは、黒のスポーツ刈りと一緒に置いてきた。
オレは、もう迷わないって決めたんだ。誰よりも強く、自分の可能性を信じて生きる。諦めなければ、きっと、必ず――どんな夢でも、叶うと信じて。
「ここの校風は、見た目と成績を結びつけない政教分離。明るく染めようが伸ばそうがノーファウルって聞いたから、思い切って長めにしてみた。どうかな」
「そうなんだ、よく似合ってるよ。カチューシャで前髪アップにしたら、雰囲気的にもサッカー選手っぽい感じ」
「うっそ、マジ!? やった、それ最っ高の褒め言葉だわ!」
水原にドヤ顔を向けると、あっちは親指を下に向けて「くたばれ」のハンドサインで応じる。やっぱオレ、こいつとは一生和解できる気しないわ。
唯一の功績は、川岸と知り合う機会をくれたことだ。あまり目立たず控えめなフツーの女子かと思いきや、これがなかなか面白い。
マンガにアニメ、ゲームもそこそこ好きだけど、ジメジメしてないオープンオタク。趣味は自作の小説をネットに投稿すること、だそうだ。
すごくない? 川岸は一次創作で自給自足、つまり自分で理想の「最推し」を生み出し、育てて、推せるんだぜ! 現実や二次創作では許されない、あんなことやこんなことも原作者特権で思いのままだ。
推し活にかける熱意ならオレも負けないけど、自給自足の地産地消はさすがに無理だ。ガチで尊敬するよ、川岸先生。
「それより、今日から一年間同じクラスだな。よろしく川岸!」
「ふえっ!? う、うん、よろしく……!」
右手を差し出し、握手を求める。川岸はちょっと緊張してるのか、顔を赤くしながら応じてくれた。
その背後から呪い殺さんばかりに突き刺す水原の視線が痛い、そして怖い。PKでキッカー頼まれた時の(外せ)(外したら殺す)って空気よりこえーよ。
「澪に触るな、エースチャライカー。殺されたいか?」
「誰がチャライカーだ! オレはエースストライカーの、こ・ば・や・し!」
オレたちの掛け合いを見て川岸が吹き出し、こっちもつられて笑い声をあげる。水原もほんの少し、ほんの少しだけ口の端を吊り上げていた。
大丈夫、ここは安全だ。何があっても大丈夫――。気を抜くとこみ上げてくる霧のような不安を振り払い、オレたちは昇降口から校舎内へ足を踏み入れた。




