Side C - Part 1 サッカー班の大型新人(物理)
Phase:02 - Side C "Kimitaka"
「――水原」
「言うな」
「サッカーのサの字も興味ないヤツだから、いつかやらかすと思ってたけど」
「警告したぞ。笑えば殺す」
「まさか、オレとりょーちんを間違えるとは……ぶはっ、ははははははは!」
「どうやら命が惜しくないようだな!」
天才は恥ずかしさのあまり、オレの腹めがけ右ストレートを繰り出してきた。おろしたての黒い学ランにへなちょこパンチがめり込むすんでのところで、オレは背負っていたバックパックを前に抱え盾にする。
ぼすっ、と鈍い音を立てて衝撃が伝わり、カバンにつながれたアクリルチャームが大きく揺れた。
「おっと! もしかしてオレ、何かに目覚めちゃった感じ?」
「大林公望。陽気でうるさい社交性の権化、コミュニケーション能力バケモノ級。相変わらず図体と態度のデカいチャラ男だ」
「違うから。陽気でデカくてコミュ力高いのは合ってるけど、至ってマジメな小林だから」
「お前といいたい焼き男といい、サッカー界には軽薄な男しかいないのか?」
「ひっでえ偏見。お得意のエビデンスを示せ、エビデンスを! 自分に自信がないとやってけないスポーツだから、ついカッコつけちゃうのは認めるが」
「ディフェンダーとゴールキーパーは知人にサンプルがいないから知らん。ミッドフィルダーは常識人。チャラいのは総じてフォワードだ」
「全世界のサッカー関係者に謝れ!」
そうそう、自己紹介がまだだったな。オレは小林公望、スポーツ科学専攻の普通科一年生。同級生から頭ひとつ抜け出る背の高さと名前をもじった〝大林〟が鉄板のあだ名だ。
逢桜中ではサッカー部に所属。主将で10番、フォワード、エースストライカーやってました。もちろん、高校でもバリバリ活躍する予定の大型新人(物理)でございます!
そんな感じでおどけてみせて、みんなの生温かい視線とツッコミを誘い場を和ませるのもオレの得意技だ。
中には本当に名前間違って憶えてる人もいるけど、〝サッカー班の大林〟で通じるって逆にすごくね? どう見ても大林の小林、ってネタで名前売れるわ。
「ま、まあまあ二人とも……」
「川岸も大変だな、高校でもこいつの通訳させられるなんて」
「通訳だと? 失礼な、私は生粋の日本語話者だ。日本人のお前が理解できないとするなら、それは語彙力あるいは読解力の不足によるもの。義務教育からやり直せ」
「鈴歌!」
この残念系毒舌女とオレになんで接点があるのかって? そりゃあ、さっきから黙って話を聞いてくれてる川岸のおかげだよ。中学の時、水と油くらい違うオレらに共通の目的で手を組むきっかけをくれたんだ。
悪質なタックルよりひどい天才さまの毒舌には最初こそドン引きしたが、今ならただ単に思いやりがない(そして改める気もない)だけだとわかる。敵も味方もよく知らないから怖いのであって、知ればいくらでも対処のしようはあるだろ?
そう、例えば「悔しかったら言い返してみろ、サッカーバカめ」と言いたげな顔をしているこいつのご期待に応えてやるとか、さ。
「その義務教育すらサボり常習犯だった不良ギフテッドには言われたくないな」
「世間の常識が変わったならまだしも、なぜすでに広く知られた普遍的事実を改めて習う必要がある? 授業に出ろというなら、その有用性と必要性を示せ」
「なーに難しいこと考えてんだ、勉強する場だと思うからつまんないんだよ。一度見方を変えてみろ。凡人の考えと行動を観察する場、ってさ」
「興味ないな。お前のボール遊びにしても、何が面白いのかさっぱり分からん」
「そんなんだから友達できないんだぞ水原」
「はいストップ! ストーップ! 小林くんもピッチ外でバチバチしない!」
川岸がたしなめるように声を張り、両手を広げてオレたちの間に割って入った。ふと我に返って周りを見ると、さっきまでバーチャル掲示板に集中していた多くの視線がこっちに向いてしまっている。
「お前のせいで澪に怒られたじゃないか。どうしてくれるんだ」
「どうもしません。さっさと名前探して教室向かおうぜ」
入学初日から騒ぎを起こした問題児、って先生たちに目をつけられでもしたら一大事だ。第二ラウンドはまたの機会に取っておいて、オレと水原はひとまず休戦することにした。
「えーっと……あった! C組だって。鈴歌は?」
「Aだ」
まわりがワイワイ騒ぎ立てる中、三人でクラス分けの表に目を通す。特進科のA組は最初から無視、B組も「工藤」の次は「佐藤」。この時点でナシだな。
そうして五十音順に並んだC組のか行を追っていくと、川岸の名前から三つ下に【小林 公望】と書かれていた。名前の頭についている桜の花のマークは、推薦と一般入試の成績優秀者上位三名を示す「模範生」の印。いわゆる特待生だ。
新入生代表として入学式のスピーチを任されている水原には、確かめるまでもなくそれがあった。
オレはというと、宮城を代表する私立のサッカー強豪校・青葉俊英にスカウトされた実力はまぐれじゃないことを証明した形だ。
「鈴歌は納得だけど、小林くんも模範生なんだ」
「不本意とはいえ、スポーツ推薦枠での進学だからな。奴も私も、第一志望から入学許可を取り消されてこっちへ来た」
「……っ」
「それに輪をかけ、奴に興味を示していたプロチームからも音沙汰がなくなったらしい。泣きっ面に蜂とはこのことだな」
中三の秋、よりにもよって合格の知らせを受けたその日に〈五葉紋〉が出なければ、オレは高校の選手寮に入るという名目で仙台に脱出できるはずだった。
嫌いになってしまう前に町を離れ、いつか名を上げた時に胸を張って「宮城の逢桜町出身です」と言えるようになる、って夢があったんだ。
どうしてオレなんだ? なんでオレの手に桜が咲いた?
これが……このしるしが、この手さえなければ、オレは――!




