Side B - Part 5 いざ、新天地へ
Phase:02 - Side B "Suzuka"
「部活どうするー? いっぱいあって迷うよな」
「実業高校時代からの伝統で、部活名は〝班〟って呼ぶらしいね。サッカー班、硬式テニス班、演劇班に吹奏楽班……みたいな」
「あっ! サッカーといえば、今朝の『おはよ~ござりす』見た? あのりょーちんが来るんだぜ、りょーちんが! 町内のどの辺住んでるんだろ」
橋の上から新たな母校までは一直線とあって、生徒らしき同年代の姿が一気に増える。ちょうどこの辺りから、まわりの雰囲気も一気に賑やかになった。
どうやら、横一列に広がって前を歩く男子三人組も新入生らしい。取り留めのない世間話自体に興味はないが、たい焼き男の名に思わず聞き耳を立ててしまう。
「知らね。でも、ハネショーの勤務先は割れたらしい。駅前の不動産屋で社長やってるとか」
「はね……ああ、羽田正一とかいうモブ? りょーちんの幼なじみって話の」
「ってか、あそこめっちゃ寂れてんじゃん。とっくに潰れてると思ってたわ。そいつ、もしやりょーちんに寄生しようとしてる感じ?」
「うわ、きっつ! マジモンの天才と一生比べられながらそのヒモになる人生とか、オレなら劣等感で死にたくなるね。身障者だからって恥ずかしくないんですか?」
ところが、私が期待した話題の掘り下げはなく、以後は聞くに堪えない大家の悪口が延々長々と続いた。当事者でなくとも胸糞悪いことこの上ない。
彼らの根底にあるのは、障害者への差別意識と個人に対する強い妬み。サッカー選手としての価値を失ったにもかかわらず、その第一線を走る雲の上の存在から「お気に入り」とされているのが気に食わないのだろう。
「あの二人〝ショウ〟〝シャルル〟って呼び合ってるんだよね。りょーちんのミドルネーム呼びはファンでも基本NGだから、彼女特権かってザワついてたのに」
「女と付き合うのは別にいいよ。BLは相手による、ただしハネショー以外。そもそも歩けないのにヤれんのあいつ?」
「げっ、エグい想像すんなって! りょーちんが穢れる、穢される!」
「Jリーグ選手名鑑の紹介文『攻めも守りもお任せあれ! 緩急自在の万能選手』って、そういう……?」
「だーかーらー!」
『よし。澪、進路を譲れ』
『ステイ! 鈴歌、ステイ! 気持ちはわかるけどダメだってば!』
男の嫉妬は醜いというが、本当だな。性別に由来する闘争本能がそうさせるのか、相手の弱みを探し当て、そこを徹底的かつ集中的に攻撃することへ特化している。
だが、大家はインテリ風の見た目どおり、とりわけ宮城で絶大なネームバリューを持つ東北大卒だ。もしあの男が自立歩行できていたら、お前たちのような馬鹿に勝ち目はないぞ。
あまりにも不快なため、背後から自転車で追突してやろうとしたが、澪が「やめろ」と言ってくるので見逃してやることにした。命拾いしたな、お前たち。
『そっ、そういえば鈴歌はセーラー服にしなかったの?』
『見た目よりも動きやすさ、実用性を重視した。ブレザーは中学から着慣れているし、ネクタイとスラックスの方がより引き締まって見える』
『えーっ、可愛いのにもったいない!』
『それは澪の主観だろう。私はそう思わない。ゆえに着ない』
『ド正論すぎてぐうの音も出ないわ……』
ところで、全国でも珍しくセーラー服、学ラン、ブレザーの三種類から選べる逢桜高校の制服は本当に多種多様だ。スカートにこだわりがなく、セーラーカラーは華美と感じる私にとって、ブレザーとスラックスの着用が公式に許可されているのは地味なメリットながら嬉しい。
ギャルというには少し地味な、制服を軽く着崩した女子生徒の集団が、私たちの後ろを歩きながらちょうどその話をネタにしていた。
「ね、ねえ、ホントにこの道で合ってる? みんな制服違うんだけど」
「自分の通学路忘れたとかウケんだけど。ま、こんだけバリエーションあったらそうなるわな」
「去年までリボンとネクタイが学年ごとに色違いってくらいで、男子も女子もブレザーだけだったのに。新入生羨ま~」
「ふたつ前の子、セーラーじゃん。いーなー。前の子のパンツスタイルも結構良くね?」
「ただ、うちら三年だから買い替えは現実的じゃないよね……」
「ね~。でも、これではっきりしたわ。可愛いとカッコいいは大正義」
「それな!」
橋を渡り切ると、県道を横切る小さな歩道橋が見えてきた。その手前には左向きの矢印とともに【逢桜高校 正門】と書かれた看板が立っている。ここが入口のようだ。
「新入生だね? ようこそ、逢桜高校へ!」
物腰柔らかで長い黒髪の女性が、私たちに声をかけてきた。視覚情報を通してその姿を読み取り、自動的にAR(拡張現実)で表示される〈Psychic〉対応のデジタル名札によれば、彼女は養護教諭の今井先生。普段は保健室にいるらしい。
先生に軽く会釈をして門をくぐると、今度は道案内の標識が現れた。指定された場所に目を向けると、自動的にポップアップ表示されるタイプのARサイネージだ。
青地に白抜きされた矢印は左と直進に分かれており、左側はバイク・自転車用駐輪場、正面が本校舎と書いてある。
「左か」
「そだね」
駐輪場への通路は十分な幅のある緩やかな下り坂になっており、前を走る人もいない。公道では違反になるが、ここは私有地だから澪と並走しても大丈夫そうだ。
私は〈テレパス〉を切って再び自転車にまたがり、彼女の右隣に並んで坂を下った。
右手に見える、黒いかまぼこ屋根の大きな建物が体育館。その一角を囲むように、坂の終端から右へ曲がった先まで簡易的なつくりの屋根が連なっている。ARの情報によれば、この全域が駐輪場になっているようだ。
「広っ! 何これ、広すぎでしょ!」
「町内に住むほぼすべての高校生がここに通うんだ、当然だろう。一年生の指定駐輪場は校舎から一番遠い手前側、教職員用の隣。【1年生】の表示がある」
「みたいだね。ところで、体育館の横に見えるガラス張りの建物はまさか……」
「室内型温水プールだ。水泳系競技の運動班員にとっては天国だな」
「うわー、超豪華! 一年中いつでも泳ぎ放題じゃん!」
二台の自転車を並べて停め、前カゴからカバンを降ろす。その間も澪は目を輝かせ、落ち着きなく辺りを見回していた。
先輩たちが朝練に勤しんでいるのか、体育館の中からは「ラスト一本!」「ナイス~!」などと活気に満ちた声が屋外まで漏れ聞こえる。
新天地に興味が尽きない心境は分からなくもないが、今は道草を食っている場合ではない。まだじっくり観察したそうな幼なじみの手を引いて、私は先を急いだ。




