Side A - Part 6 VFC逢桜ポラリス
Phase:02 - Side A "Mio"
生きとし生けるものにとって、生と死は隣り合わせ。光が差せば影ができるように、死神は何気ない日常の中にも潜んでいる。変わってしまった逢桜の街で暮らしていると、そのことを強く実感させられる機会に事欠かない。
重苦しい沈黙が食卓に満ちる。あたしには〈五葉紋〉を持ち、直接的ではなくとも〈特定災害〉に関わっているお父さんにかける言葉が見つからなかった。
ご飯を食べに来ただけの鈴歌と、無我夢中でボウルへ頭を突っ込んでいる愛犬は完全に部外者だ。二人(?)とも見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。
もう、入学式の日にお通夜みたいな空気出さないでよ! お父さんは実際にお葬式の予定あるみたいだけど、それはそれ、これはこれ。
こんなめでたい日ぐらい、もっと楽しいことしゃべろうよ。
『続いてはeスポーツ。イマーシブMR、超高精細の没入型複合現実で戦うバーチャルサッカーの話題です。今シーズンからリーグ戦に参戦する注目の新クラブ〝VFC逢桜ポラリス〟が、デビュー戦を前に最新情報を公開しました』
「お、うちの話題だ。僕の編集したカット使われたかな」
ありがたいことに、嫌な空気はそう長く続かなかった。〈Psychic〉で流れていた動画が、うまいこと話題を変えてくれたから。
自慢じゃないけど、あたしはサッカーに全然詳しくない。何ならリアルの試合すらまともに観たことないんだけど、身内が関わってると聞けば俄然興味が湧いてくる。すっごいミーハーだな、あたし。
「お父さんはいつから動画クリエイターになったわけ?」
「ふふーん。AIを使えば、編集作業なんてちょちょいのちょいだよ」
ウィンナーを口に運び「へぇ~、やるじゃん」と返したあたしの足元から、食後の水を飲み終えたルナールが小走りで去っていった。
ヤツは居間のペット用ソファーに向かい、でーんと地響きを立てて横になる。サイズのみならず態度もデカいのは、ひょうきんで憎めない大型犬あるあるだ。
「で、どんなの作ったの?」
「公式ユーチューブとX、インスタグラムに載せる切り抜き。事務員の子が編集作業苦手みたいで、僕が代わりにやってるんだ」
「九割九分九厘AI任せは自分で作ったうちに入らないのでは?」
「鈴歌、それ言っちゃダメ!」
先に完食した幼なじみは自分の食器を重ねて席を立ち、台所の流しへ持っていった。痛いところを突かれたお父さんが「ですよねー……」と肩を落とす。
鈴歌に関するあたしの心配事は、ほとんどがこの難しかない性格によるものだ。学業成績は天才的なのに、運動神経と協調性、思いやり、コミュニケーション能力といった社会性は皆無。サイテー。壊滅的。空気を読まず、ナイフのように鋭い言葉で、悪意なく他人を傷つける。
そんなことを繰り返してきたからか、いつしか鈴歌に寄りつく人間はあたしぐらいになってしまった。
同級生に煙たがられようが、先生から腫れ物に触るような扱いを受けようが、この子にしてみれば全部負け犬の遠吠えでしかない。彼らが天才を奇妙な目で見るとき、天才も彼らを侮蔑と憐れみを込めた目で見ているのだ。
『ではここで、正式に発表されたポラリスイレブンを見ていきましょう』
「人選間違うと烏合の衆になるやつだよ、これ。現役のプロサッカー選手を呼んできてまで本気でやるのがゲームってどういうことなんですかね
「たかがゲームと侮るなかれ、最近のeスポーツ大会は高額な賞金が出るんだ。ありきたりな娯楽に飽きた世界の大富豪がスポンサーって話だから、一獲千金も夢じゃない」
「それ、勝てればの話だよね。負けが込んだら赤字でしょ? どうすんの?」
「……うち、選手層に自信あるからさ。負け越しルートは想定してないんだよね……」
「見切り発車ぁ!? いやいやいや、しっかりしてよクラブ事務局ー!」
あからさまに視線を逸らすお父さんにツッコミを見舞い、あたしも食器を片づけようと席を立った。
同じタイミングで仮想ディスプレイ内のカメラが引き、スタジオの全体像が映る。男女のキャスターが前に進み出て、用意したパネルを指差しながら解説を始めた。
『注目は、かつて神奈川県の名門・臨海高校の主将として活躍した経歴を持つ背番号9番、ミッドフィルダーの羽田正一選手。ケガで引退を余儀なくされた点取り屋が、副将となって六年ぶりにピッチへ帰ってきました』
『彼、確か車椅子生活でしょ? どうやって試合に参加するの?』
『近年は、意識するだけでモノを操作できるBMI、ブレーン・マシン・インタフェースという技術が広く普及しました。これを応用したのが〈Psychic〉。羽田選手は自身の立体ホログラム映像を思念で操り、バーチャル選手となることで身体的な課題をクリアしたんです』
『……なんか、簡単そうでものすごく難しいこと言ってません?』
『一度目の現役時代は血のにじむような努力を重ね、生まれ持っての天才とも肩を並べた羽田選手。そのストイックさ、サッカーに懸ける情熱は今なお健在のようです』
天才、という言葉に反応した年配の女性コメンテーターが、そわそわと落ち着かない様子で舞台袖を気にしている。解説者たちは満足げに笑うと、新たにスタジオへ運ばれてきた二つ目の大きなパネルを覆う布に手をかけた。
『皆さん、長らくお待たせしました』
洗面所で歯磨きを終えた鈴歌が、ダイニングに戻ってくる。同じタイミングで、お父さんがあたしに食後のお茶を出してくれた。
あたしたちが屈んでルナールの食器セットを片づけようと手に取り、あるいはマグカップを口に含んだ、まさにその瞬間――




