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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:02 ガール・ミーツ・ストライカー
25/97

Side A - Part 1 新しい朝が来た

Phase:02 - Side A "Mio"

 夢を見た。どんな夢だったかは記憶にない。

 だけど、強く感情こころを揺さぶられたに違いない。それだけは確信を持って言える。



【おはようございます 川岸かわぎし みお さん】



 ピピピッ、ピピピと()()()で規則的に鳴り響く電子アラーム。昨日の夜に設定した起床時間を迎え、〈Psychic(サイキック)〉に搭載された時計アプリの目覚まし機能が寝起きの頭を現実に引き戻す。

 空中に浮かんで見える丸っこい文字は、起床を感知した〈Psychic〉からの挨拶あいさつだ。まばたきをしてこたえれば――ほら、すうっと景色に溶けて消える。


 あたしは泣いていた。温かい水滴が頬を伝い、枕を濡らす。悲しい夢を見ていたのか、それとも嬉しかったのか。うーん、なんにもおぼえてないな。

 涙をぬぐい、ベッドから起き上がってカーテンを開けると、南向きの窓から朝日が差し込んできた。まぶしさに目を細め、雲一つない青空に向けて伸びをする。



「よし!」



 いよいよだ。合格発表の日から、ずっと心待ちにしていた瞬間がやってくる。まずはハンガーラックにかけておいた、真っ白な新品のシャツへ袖を通した。

 紺無地の靴下を履いたら、次はブルーグレーのプリーツスカート。よく見たらこれ、等間隔で桜色の細い縦縞(たてじま)が入ってる! めっちゃ凝ってるな~。



「さて、次は……」



 部屋を出て、階段の手前にある洗面台へ。鏡の前に立ってみると、鳥の巣のようになった栗色のセミロングに目をく新米女子高生がそこにいた。



「うっわ、最悪!」



 このタイムロスはかなりデカい。しかして今日は入学式。初めて会う同級生がたくさんいるんだから、第一印象はビシッと決めなきゃ!

 寝ぐせ直し用のミストを振りかけ、髪にくしを入れてヘアアイロンで落ち着かせたら、顔の左側の上半分だけ耳の上で束ねてサイドハーフアップに。

 最近使い始めた基礎化粧品のあとは、日焼け止めと無色のリップクリームも欠かせない。これぐらいなら「常識的な身だしなみ」の範囲内でしょ。



(――ごくり)



 部屋に戻り、入ってすぐ左側の壁に目を向ける。バリエーション豊かな宮城県立逢桜(あさくら)高等学校の制服で、最も特徴的なデザインの上着がそこにあった。

 白地へ深緑の一本線が入った胸当てのないセーラーえりで、正面の合わせ目に金のボタンが三個あしらわれたシングルジャケット。胴は灰味を帯びた赤紫色の生地で形作られ、首元から鮮やかな赤地に桜色の細いストライプが入った幅広リボンがのぞく構造になっている。


 そんな個性全開の上着を手に取り、サッと羽織ればお着替え完了! 部屋の隅にある姿見の前で適当にポーズを決め、その場でくるりと一回転。セーラー服とスカートをひるがえしてみる。

 さて、どれどれ……?



(うん。モデルはともかく、制服は()()()だ!)



 現在時刻は朝の七時。始業は八時半、入学式は九時開始。ここから学校までは自転車で十分ほどだから、このペースなら余裕で間に合う。

 中学時代は二度寝しちゃってギリギリだったのによく起きた! と自分の成長ぶりを自画自賛しながら、あたしは〈Psychic〉のメニュー画面を立ち上げた。


 ぽん、と電子音がして、目の前によく使うアプリのアイコンが現れる。デジタル表示の時計に〈テレパス〉、天気予報、ニュース……どれもこれも朝イチのチェックは必須だけど、その中でも必ず一番最初に目を通すのはこのアプリだ。



【逢桜町磁気嵐等探知・発報システム じきたん】



 〈黄昏の危機トワイライト・クライシス〉と名づけられた、あのサイバーテロ事件からはや一年。逢桜町の町民はみんな、夜が来るのを恐れている。オレンジ色の夕焼けから日没にかけてのマジック・アワーが、永遠に来なければいいと願っている。

 そのたびに〈モートレス〉……〈特定災害〉とも呼ばれる化け物が街に現れ、人を襲うようになってしまったから。



『人が〈モートレス〉になる原因は、仮想世界と現実の境を見失うことにあります。脳の認識と身体感覚に大きな乖離かいりが生じることで、身体中の細胞が異常に活性化し暴走を始める。その結果生じるモノが()()なのです』



 町長いわく、人間が〈モートレス〉化する際には、必ずその人が持つ〈Psychic〉や手持ちの通信機器を中心に磁場の乱れと熱暴走が生じるらしい。

 その時に生じる熱と磁気嵐をAIで常時観測するシステムができたおかげで、あたしたちは日々場所を変えて現れる()()の位置だけは正確に把握できるようになった。


 異常が検知されると、町はすぐにこの〝じきたん〟と防災無線で対象地域に警報を発令。丸腰の町民は指定避難所で肩を寄せ合い、解除されるまで閉じこもる。

 最初の数か月はみんな戸惑ったし、反発する声も多かったけど、命と便利さには代えられない。それほどまでに〈Psychic〉のある生活は刺激的で、中毒性が高く、今やあたしたちの生活に欠かせないものとなっているんだ。



(一応確認しとこう。逢桜高校って、どこ?)



 浮足立つ心を落ち着け、心の中でそう念じる。口には一切出していない。にもかかわらず、あたしの意図を汲み取った〈Psychic〉はすぐに行動を始めた。

 触れてもいないのに地図アプリが起動し、町の全体像が現れる。中心を流れる川の西岸、桜並木に沿って広がる住宅地。地図はその辺りのエリアへ自動的にズームインし、大きな通りと川に挟まれた一角にピンを打った。



【現在地から二十メートル先、県道14号線との交差点を右。その先、仙台法務局逢桜支局前を左。県道110号線を道なりに進み、逢桜大橋を渡り、歩道橋の三メートル先で左折。目的地まで、自転車でおよそ十分。実際の交通規制に従って走行してください】



 どうよ、この早業はやわざ。地図検索からルート案内までの流れ作業、全自動でわずか数秒。しかも口で指示することなく、念じただけでできるって……

 これ、もう産業革命でしょ。AIの登場を第四次とするなら、第五次産業革命はAGIへの進化と〈Psychic〉の実用化。人間のライフスタイルをガラッと変えたすごいやつ。そんだけ便利なもの、危険だからって今さら手放せるわけないじゃん!


 〝じきたん〟もただの防災アプリじゃない。警報が出た時に位置情報や地図と連動して最寄りの緊急避難所に案内してくれるのはもちろん、町からのお知らせ配信ツールとしても機能するんだ。

 個人的には、特に週末のイベント情報がすごく助かる。あたし、土日祝日に話題のお店やキッチンカーが町にやってくるの、いつも楽しみにしててさ。



「今日一日で仲良くなった子と一緒にお店巡りなんて、最高の週末じゃない?」



 よし、そうと決まれば善は急げ。真新しいカバンに詰める、夢と希望以外の中身を最終点検しよっか!

 あたしは〈Psychic〉でまとめた持ち物リストを呼び出し、ファスナーを開けて中をのぞき込んだ。

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