Side B-2 / Part 6 〈特定災害〉
Phase:01 / Side B-2 "Charles-Ryohei"
「良平君! 大丈夫か?」
「冗談だろ……何してんだよ、あいつ……!」
肉団子が入刀したのは自分の体だった。腕を器用に使い、麻酔なしで、俺たちへがっつり見せつけるように。おびただしい量の血が地面に池を造り、骨が不気味な音を立ててきしむ。
「お話は済んだ? わたしのターンを始めてもいいかしら」
『いいわけないでしょ、〈エンプレス〉! 私の身体を返しなさい!』
「ダメよ。ハルミには実況中継をしてもらうわ。人類の歴史的な敗北をその口で伝えられること、光栄に思いなさいな」
肉を切り分ける両腕を幹に、無数の目玉や口に覆われた四肢がうねうね芽吹いて、好き勝手に枝分かれを始めた。同時に球体のてっぺんがモコモコ盛り上がり、巨人の両脚が逆さまの状態でタケノコみたいに生えてくる。
その様子を見ていたサムライさんが「犬神家の一族……」とつぶやくのを聞き流しながら、俺もまた現実感のない光景を声もなく眺めていた。
『皆さん、しっかりしてください! カメラを止めて!』
「おあ~……」
スピーカーが、生気のない目をした仲間に向けて必死に呼びかける。連中は涙を流し、半開きの口から泡を吹くばかり。
こいつらも重度の洗脳食らってるのか、全然聞こえてなさそうだな。
「いいや、止めなくていい。生中継はかえって好都合だ」
『なぜですかサムライさん? これは軽々に報道してよいものではありません。控えめに言わなくても放送倫理審査会行きかと!』
「だからこそ、だよ。聡明なお嬢さん、キミはどう思う?」
「ここで配信を打ち切ってしまうと、私たちが一方的にやめさせたと世間に邪推されかねない。自分たちにとって都合の悪い情報が流れるのを恐れた、とな」
女子中学生の指摘を受けて、リポーターの市川さん――晴海ちゃん? 俺と歳が近そうだから、はるみんでいいか。とにかく、彼女がハッとした。
この人、なんか違うんだよな。メディアと接する機会が多い俺だからわかるのか、はるみんは下品で無礼なやつらと明らかに違う。
上手く言えないけど、リポーター魂っていうか、仕事に懸ける情熱っていうか……真実を広く伝えたいって気持ちが、まっすぐに伝わってくるんだ。
『た、確かに。手に入る情報が限られてしまうのは良くないですね』
「ゆえに、これから起きる出来事は包み隠さず公開すべきだと私は思う。あちらが劇場型犯罪を仕掛けてくるなら、こちらは視聴者を味方につける」
『なるほど! 全世界を巻き込んで公開捜査、考察合戦のようなエンタメ化を展開しようというのですね。いい案だとは思いますが、それって――』
「市川さん。あなたなら、ありのままを伝えられる。正しい情報を示し問いかけられる。言葉を武器に、言葉で戦い、言葉で社会を動かしてくれ」
自分より年下の子どもに説得されても、はるみんは「うん」と言わない。中継を引き受ければ〈エンプレス〉に従うことを意味するからだ。
自分の身体を奪い、その身体で全人類にケンカ売って、仲間を見せしめに殺そうとする敵の暴挙を実況中継しろって? 俺には無理だ。たぶん、みんなも。
はるみんはそれきり黙っちまった。敵も味方も、動き出しそうで進展がない。そこに風穴を開けたのは、チーム最年長のサムライさんだった。
「対〈特定災害〉特別措置法、第三条――自分の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力を喪失、又は著しく低下した者が人の生命、身体等を害するおそれがあるとき、国家安全保障会議より任命を受けた執行官は、その者を〈特定災害〉として排除することができる」
「どうしたの、おじさま。法律のお勉強?」
「これが私の切り札だ。現時点を以て、わが国は国家の脅威たり得る未確認生物〈モートレス〉を法律上の〈特定災害〉と呼称・規定し、基本的人権の適用対象から除外する」
「……あなた、何者?」
「霞が関からやってきた死神だよ」
この国に、憲法で保障された人権と生存権を剝奪する法律は存在しない。刑罰としての死刑を除けば、国によって殺される心配はない。
ただし、それは対象が人間であればの話。そのなんとか法によって〈モートレス〉と認定された場合は、法律上の扱いが「人間」から「災害」に切り替わるってことか。
「法解釈とは理屈の応酬、論破した者勝ちのマウントバトル。自衛隊が軍隊ではないのと同じように、日本刀の形をした防災グッズがあってもおかしくはない」
「いやいやサムライさん、それはさすがに無理があるんじゃ……」
「では良平君に問うが、フランス産の小麦粉と岩塩、バターで作ったプレミアムクロワッサンたい焼き(チョコレート味)はたい焼きといえるのか?」
「まず、大前提としてたい焼きは和菓子。そしてあれはクロワッサンって言わない、パン・オ・ショコラ。だとすると完全に洋菓子なんで、原理主義的にはたい焼きと認められません――が、あの形した茶色い粉モノで厚みがあって柔らかいお菓子ならたい焼き判定しちゃいますね俺は」
「つまりそういうことだよ」
災害は人間じゃない。だから当然、人権もない。災害なら、被害を防いだり減らそうとしたりするのは当然だし、わざわざ被害に遭いたがる人間なんていない。災害を鎮圧すれば感謝されることはあっても、非難されるいわれはないはずだ。
斬っても、撃っても、蹴飛ばしても、災害だったらノーファウル。そして今、俺たちの前には認定第一号がいる。これはもうヒトじゃない、だから――
(何言ってんだよ、そんなの認められないだろ! そう否定するのは簡単だ。でも、なんでダメなんだって訊かれたら、俺はどう答えりゃいい?)
法律は、筋の通った主張を元に決められた社会のルールだ。これを否定するのに「かわいそうだから」って感情論や「倫理的にレッドカード」なんて理由では、あまりに弱すぎて太刀打ちできない。
最後は憲法を持ち出すしかないけど、サムライさんたちならこの解釈さえ曲げかねない。これは国家安全保障上の脅威で、可及的速やかに強力な一手を打たなければ日本は滅ぶ――そう言って。
「とはいえ、彼もさっきまでは我々と同じ人間だった。安らかに旅立つ権利はある。可及的速やかにスマートな一手で事を収めたいね」
「よくもいけしゃあしゃあと。内閣府は国民を何だと思っているのですか」
「などと背広組の悪口を言いつつ、いざゴーサインが出ると一番槍で飛びつくのが制服組なんだよなあ」
本性を現したブラックサムライは、続けてこうも言い放った。責任とか後始末とか面倒な諸々は、生き残ってから考えなさい――と。
思い切った行動を起こすなら、味方につけたいやつが一人いる。河川敷に高くそびえる金属の柱を見上げ、俺は声を張り上げた。




