Side B-2 / Part 4 急転直下
Phase:01 / Side B-2 "Charles-Ryohei"
【磁気嵐警報(レベル5・緊急避難)
発令対象地域:宮城県逢桜町 全域
到達予想時刻:午後五時○○分
甚大な被害をもたらす災害が間近に迫っています。
急激な体調悪化、電子機器やパートナーAGIの故障に厳重な警戒をしてください。
ただちに、命を守る行動を取ってください。
対象地域の方は、速やかに頑丈な建物の中へ避難するか――】
「避難が間に合わない場合は、激しい戦闘に備えてください」
「なお、日本政府と宮城県、逢桜町は、この警報を受けてあなたが下す選択と」
「それにより生じた、いかなる結果に対しても――」
「一切の責任を負いかねます、ときた」
女子中学生とじゃじゃ馬、サムライさん、そして俺。四人の人間が白抜き文字を一つ一つ、意味を確かめながら読み上げる。
磁気嵐っていうと、太陽が爆発的な燃え方した時に地球の磁場も乱れる現象……だっけか。まともに食らったら電子機器類はダメになるんだよな。
――ん? ってことは遅かれ早かれ、サングラスの故障で俺が〝りょーちん〟だってのはバレる運命にあったのか。あちゃ~。
『敵パワーアップからの強制必敗バトル。王道も王道、お約束の展開だな』
「強制必敗? 勝たなきゃって言ったのはおまえだろ。なのに、絶対勝てないってどういうことだよ」
『これは、創作におけるシナリオテクニックのひとつ。圧倒的な強さや戦力差を誇示するのが目的だ。サッカーの市民大会にワールドカップのベストイレブンが殴り込みをかけてくるようなものと思え』
「その例えだと前回大会得点王の俺が敵の主砲になるんですがそれは」
『反応に困るキラーパスを返すな!』
マネージャーも危ないと警告を受けたが、こいつは元から俺を護ることに命を懸けている。AIだから死を恐れないし、主人のためなら自壊もいとわない。
ちょっと頑固だけど、俺はおまえがいてくれて助かってるよ。唯一の欠点があるとすれば、実体がなくて一緒にサッカーできないことぐらいか?
たまにおちゃらけると、AIだってことを忘れるほど自然なリアクション返してくれてさ。毎日がハチャメチャですごく楽しい。
いや、違うな。本当に――楽しかった。
「あ……ああ、ああああああ……!」
「逃げろ! みんな殺されるぞ!」
「登れ、登れ! 早くしろ!」
「やめろ、押すな! 倒れ――っ、ぎゃああああああ!」
内容を理解できなくても、警報と聞いて焦らない人間はいない。みんな口々に叫んで取り乱し、河川敷はたちまち地獄絵図と化した。
あっ! 堤防にある階段席のほうから大きな悲鳴がしたぞ。避難する人が殺到した結果、将棋倒しが起きたみたいだ。
『っ……皆さん、落ち着いてください! 大丈夫だから、Calm down!』
「もうダメだ、オレたちはここで死ぬんだ!」
「本当に、どうしようもないのか――」
スピーカーが必死で呼びかけてるけど、耳を貸す人は誰もいない。堤防の上、川沿いの道路脇に軒を連ねるビルや飲み屋は、扉を閉め切って厳戒態勢だ。
誰かが、片言の日本語で「あっち行こう」と言った。続けて「ニッポンの家、強い。地震、大きい、崩れない」だって。
なんだよそれ、偏見もいいところだ。普通の精神状態だったら、みんな鼻で笑っただろうな。
でも、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。助かりたい一心、逃げるのに必死なあまり、みんな悪魔のささやきを聞いてしまった。
「東日本大震災に始まり、十七年前の南海トラフ群発地震(中・西日本大震災)と富士山の噴火、五年前は首都直下地震。その間に北海道と北陸は記録的雪害、そのあとも東北が大水害でボロボロになった」
「九州・沖縄は台風、中国と四国は異常な猛暑。この国に安全なところはないの?」
「どれも八百万の神様から袋叩きにされたような被害だったが……そうか。滅びを何度も経験したこの国は、普通の家すら頑丈なんだ」
「新しい家を狙え! 逆らう奴は引きずり出すんだ!」
人混みの中から、野太い男の声が英語でそう叫んだ。俺がすぐに理解できたのは海外遠征で聞き慣れてるから――だけじゃなくて、〈Psychic〉の言語認識・自動翻訳機能によるものだ。
この機械、元々は犬と猫の言葉を翻訳しようって平和的な考えから開発が始まったらしくてさ。これが本来の正しい使い方なんだ。
「オラ、開けろ! 早く開けろやゴラァ!」
「は……っ、早くしろ! みんな死んじまうだろ!」
そうして、一般的にお人好しで礼儀正しく自己犠牲的とされる日本人のモラルを、荒々しい暴力と呼び覚まされた生存本能が侵していく。
行き場を失った獣の群れは、もう誰にも止められない。やつらは川沿いの桜並木から逸れ、すぐ横の狭い路地になだれ込んだ。
「な、何ですかあなたたち!」
「ハロー、ヤマトナデシコ。家に入れないとぶっ殺すぞ!」
「ひっ……!?」
路地の一番手前にある、小ぢんまりとした普通の民家。連打されるインターホンの相手に文句を言いに来たのか、住人らしい女の人が姿を見せる。
玄関先で待ち構えていた男、デカい図体の外国人がその腕をつかんで家に押し入ると、後ろにいた大勢の人間が土足のままそいつの後ろに続いた。
「いやああっ、離して! ストップ、ストップ!」
「びゃあああああああ!」
「ありゃ。姉ちゃん、赤ん坊おったんか。ごめんなあ。おばちゃん、まだ死にとうないねん」
「カネも命も盗らんから、このナントカ警報いうんが解除されるまで、おうちに入れてくれへんかなあ。頼むわあ」
『お願いだからもうやめて! やめてよ、みんな!』
「いやああああ! 助けて、誰か! 誰か――!」
そこかしこで上がる大人の悲鳴、子どもの激しく泣き叫ぶ声。ようやく俺も実感が湧いてきたよ。
〈エンプレス〉は、俺たち人間を機能不全に追い込んだだけじゃない。この小さな町を一切合切、あいつのものにしやがったんだ。




