Side B-2 / Part 3 その名は〝天上の青〟(下)
Phase:01 / Side B-2 "Charles-Ryohei"
『イヤだ! 僕、ずっと一緒に……ショウと一緒にサッカーしたい!』
『甘ったれんな! こんなところで止まるんじゃねえ。てめえは――佐々木シャルル良平は、こんなところで止まっちゃいけねえんだよバカ野郎!』
『なんでそういうこと言うの? 僕、ショウに何かした? 君が一緒じゃないなら、プロになんてならない。なりたくない!』
小学校卒業を控えた頃、今度は東海ステラの監督が俺を訪ねてきた。
フランス行きの話は先方が何か察して引き下がってくれたけど、この人はすげーしつこくてさ。あとで聞いた話によれば、サポーターにまで「えげつない」「意地汚い」とか、本拠地をもじって「茶畑買い」って叩かれてたらしい。
とまあ、俺がイヤだって言っても毎日会いに来るから、とうとう不審者扱いされちまってさ。真相を知らない幼なじみは「ヘンなおっさん? ンなもん俺が退治してやるわ」なんて息巻いてた。
だからそれが、自分には願っても届かなかった夢への切符で、俺がいつもの遠慮からそれを手放そうとしてるって知った時――あいつは激怒した。
『俺に何かしたかって? してるよ、うちに来やがったその日からな! 父さんも母さんも口を開けばシャルル、シャルルって。誰も俺を見てくれない!』
『そんな……こと、ないよ。みんな、僕がショウみたいに強くないから心配してるだけ。君に興味がなくなったわけじゃ――』
『俺が強い? ああ、だからお前、いつも人の後ろついてきやがるのか。そうだよな、てめえ女みたいになよなよしてるもんなあ!』
『それは……ごめん。でも、そんなつもりは……』
『こっちはな、てめえに彼女ヅラされていい迷惑なんだよ。そのくせ女子に人気あんのも気に食わねえ。そんなにモテるんなら、さっさと彼女作って女に護ってもらえばいいんじゃねえの金髪もやし!』
当時は完全に嫌われた、突き放されたと思ってヤケになったけど、大人になった今はそうじゃないってわかる。
あれは、不器用なあいつなりの優しさ。こうでもしないと俺は動かないって知ってたから、心残りを断ち切ることで背中を押してくれたんだと思う。
それに――心底憎い相手なら、なんで俺をけなす声が震えてたんだ?
『ひどい。ひどいよ! 僕のこと、今までずっとそんなふうに思ってたの?』
『やっと気づいたか? ピッチ外ではクソ雑魚泣き虫のシャルルくんよ。俺の人生邪魔しやがって、てめえなんか嫌いだ。大っ嫌いだ!』
あの言葉があったから、静岡に戻って俺は変わった。肩まであった髪を切り、一人称を「僕」から「俺」にして、強くなろうって頑張ったんだ。
下部組織のレギュラー争い、キツい練習に妬み嫉み……サッカー王国の洗礼はすごいぞ。俺はここまで全部乗り越えてみせたけどな。
『てめえなんて――津波に呑まれて、そのまま死ねばよかったのに!』
でも、これはさすがに言い過ぎだと思うの。サッカーでいうと一発レッド。俺が震災孤児だって知ってんのに言いやがったからなあの野郎!
当時は怒るってより裏切られた気分で、足元が音を立てて崩れた気がして。心の支えになってたものがぽっきり折れたのが自分でもわかった。
大好きだったんだ。横浜の寄宿舎から一緒に帰るほど仲良くて、横須賀の家で食べたカレーみたいに、優しく温かかったおまえのことが。
おまえとなら、きっと……本当の「家族」になれると思ってたのに――。
『ショ、ウ……』
『いなくなると思うと清々するわ。行けよ、フランスでも静岡でもどこにでも! 独りで勝手に行っちまえ!』
それが、子ども時代に交わした最後の言葉。以来、どちらともなく互いを避けるようになって、神奈川を離れる日もあいつは見送ってくれなかった。
なあ、正一。俺、おまえに会いに来たよ。逢桜町にいるって聞いたんだ、会ってくれるまで帰らないぞ。
河川敷の屋台でたい焼き買ってくるから、お茶でもしつつ色々話そう。聞いた話じゃ、大学生しながら駅前の不動産屋で働いてるらしいじゃん。しかもバイトじゃなく社長見習い? すげーなおまえ!
あれから俺たち、インターハイの決勝戦で敵同士として会ったけどさ、そのあと不幸な事故があってすれ違ったきりだろ?
『ショウ……おまえ、その脚――』
『帰れよ。てめえの顔なんざ見たくもねえ。二度と俺の前に姿を見せるな!』
両膝が笑っちまって、自力で立ってられないんだっけ? 車椅子での生活は大変だろうけど、俺も少しは手伝えるぞ。大学で介護の資格取ったからな。
思い出すのがつらいなら、サッカーの話は封印する。デキるチャラ男は聞き手も得意なんだぜ。俺の知らないおまえの話、何でもいいから教えてほしいな。
そうやって……いつかもう一度、昔の俺たちに戻れないかな。
* * *
『おい、マスター! 聞こえるか?』
「え? ……ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
『頼むからしっかりしてくれ。ラフプレー上等、ルールなんてクソ食らえ。俺たちはどんな手を使ってでも勝ちに行かなきゃいけないんだ』
マネージャーに呼びかけられ、俺はようやく我に返る。いっけねー、思い出に浸ってる場合じゃない。ただいま絶賛戦闘中だったわ!
えーっと、今の戦況どんな感じ? 〈エンプレス〉が〈五葉紋〉ってしるしと、ブレスレットみたいなのを押しつけてきたところまでは憶えてるぞ。
「休眠打破、スタンバイ」
ん? その女帝がヘンなこと言った瞬間、急に視界全体が暗くなって……まただ! あの薄気味悪いチャイムが、再び脳内を駆け巡る。
ぴろん、ぴろん。
ぴろん、ぴろん。
そうして、不気味な音とともに新たなメッセージが目の前に現れた。この町にいるというだけで巻き込まれた不運な人間に対する、一方的な死刑宣告が。




