Side B-2 / Part 1 信じているから
Phase:01 / Side B-2 "The Frivolous Man"
「あり得ない……このわたしが、あなたみたいな汎用AIごときに!」
『あり得るさ。俺が凡人だといつ自称した?』
「あなた、一体――」
『余計な詮索はやめておけ。人間が実に多種多様なのと同じで、AIもまた千差万別……と、悪いなチャラ男マスター。アシストはここまでだ』
マネージャーは顔にべっとりついた返り血をパーカーの袖でぬぐい、裾でメガネのレンズを拭いた。俺が買ってやった服装データなのに、着替えれば直るからってぞんざいに扱いやがったなこいつ!
あと、おまえまでチャラ男呼ばわりは余計。その言い方だと「チャラ男」って称号をマスターしたみたいに聞こえるだろ。蔵王山めがけて蹴り飛ばすぞ。
『さて、現状報告だ。〈エンプレス〉はたいそうお冠で、サイバー空間から波状攻撃を仕掛けてきている。緊急対応マニュアルでは、非常事態宣言の検討を……』
「ん? いいよ。やるだ」
『待て待て落ち着け、快諾するな! その発言の重さを理解しているのか!?』
「なんで提案したやつがビビってるんだよ。そこはほら、乗り掛かった舟というか、一蓮托生というか。全力でやってから後悔したほうが後腐れないじゃん」
『そういう思い切りのよさは試合で発揮しろ! ああもう、音声コマンド入力に反応してプログラムが走り始めただろうが!』
軽いやり取りとは裏腹に、俺たち二人は崖っぷちだ。パートナーAGIの非常事態宣言とは、主人の意識を明け渡す手前で張る背水の陣。許可すれば脳に凄まじい負荷がかかり、共倒れになる危険すらある。
ほかの三人なら却下するであろうことを、俺は二つ返事で許可した。でも、サイバー空間での戦いを甘く見ているとか、自己犠牲的な美談を作りたいとか、そういう安っぽい動機は頭の片隅にもなかったんだ。
確かな信頼。相手が人間かAIかはどうでもいい。俺たちにはお互いの背中、命を預けるに足る絆がある。動機なんざそれで十分だろ?
『コア・プロテクト起動。セキュリティレベル、AからSへ。生命維持機能オン、警報カット。マスターの生存を最優先事項に設定、最大出力で迎撃する』
「ヤバいこと宣言してるはずなのにカッコ良いな、おまえ」
『嬉しそうに目を輝かせるな! ファイヤーウォール全基展開、損傷率解析――完了。緊急修復開始。全電子兵装、ロック解除。出力制限撤廃。ホログラム投影中断、ステルスモードに移行する』
「じゃあ、またしばらく声だけになるってことか?」
『対応に専念するためだ。心配するな、呼ばれたら返事くらいは――』
いよいよ本格的なサイバー戦争開幕を覚悟した矢先、ぱん――と何かが弾ける乾いた音がした。
その直後、胸にトラップとは比べ物にならないほどの強い衝撃。目の前に星が飛び散り、俺はうめき声を上げて路上に倒れ込んだ。
愕然とするじゃじゃ馬が、急に明るさを増した視界に映る。その手に、熱でかすかに景色をゆがませる凶器を握って。
「……え? 自分、今……何を――」
『り……、××――!』
ちくしょう、やられた。そういうことか……。俺たちは〈エンプレス〉に洗脳されてんだ、自我を残したまま操り人形と化してたっておかしくない。
マネージャーがうっかり(ピー音が入って聞こえたとはいえ)俺の名前をバラしやがったが、そんなミスなど微々たるもの。プロの抜き撃ちは……さすがに……正確、だな……。
『大丈夫です、当たってません!』
「市川さん! よかった、まだ生きていてくれたか!」
『生ぎでるに決まってっぺ! 何を失礼なごど言っでんだ、このおんつぁん!』
と、いつしかすすり泣きすら流さず無音になってたスピーカーが、突然お国言葉全開でサムライさんを怒鳴りつけた。
あのおっさんがビビって飛び上がるなんて、珍しいの見してもらったわ。あとで〈Psychic〉の視覚連動レコーダーに残ってないかチェックしてみよっと。
『あわわ、つい仙台弁が……』
「す、すまない。急に声が聞こえなくなったから、最悪の事態を考えてしまった」
『こちらこそ、取り乱して申し訳ありません。少し泣き疲れてしまいまして』
「……市川さん」
『情けないな、私。しっかりしなきゃ、ディレクターさんに怒られちゃう』
ふんふん。この人、普段は標準語でしゃべってるのか。状況に合わせて方言と使い分け、動揺すると素が出ちゃうズーズー弁女子……と。
りょーちんは スピーカー(の中身)の 攻略豆知識を手に入れた!
「ところで、当たっていないというのは?」
『あ! そうでした。お伝えしたそのままの意味です。弾は命中したけど身体は無傷というか、主力選手があっさり退場しては面白くないというか』
「――とリポートされているが、いつまで寝ているつもりかな」
はい来たサムライさん、弁解の機会を与えると思わせといて「ごめんなさい」しか正答を用意してないパターン。俺のこと嫌いな主審かよ……。
這いつくばった状態から路上に手をつき、俺はゆっくりと身体を起こす。それを見て、中途半端に消えかけた状態で『しっかりしろ!』と呼びかけながら周囲を飛び回っていたマネージャーが、お化けにでも遭ったような目で俺を見た。
おい。まさかおまえ、マジで俺に即死判定出したんじゃないだろうな。
「挑発スキルは落第だな、まず撃たれぬように立ち回らねば。何か申し開きは?」
「ありませ~ん……」
『どういうことだ? 俺は幻覚を見ているのか?』
「勝手に殺すな! 死んだのはこいつだ」
俺はそう言って、胸ポケットに忍ばせていたスマートフォンの残骸をサムライさんとマネージャーに示した。裏面から撃ち込まれた弾は本体にめり込み、電池を割って液晶画面を変形させたところで奇跡的に止まっている。
でも、それは射程距離や風速、入射角などの条件が少しでも違っていたら貫通していた可能性があることの裏返し。無造作に思えるが、計算尽くの射撃だ。
〈エンプレス〉が手駒に狙わせたのは、和製コンコルドの心臓じゃない。その陰に隠れて不快指数を増大させる、小さなハエだったんだ。




