Side C - Part 8 レインメーカー
Phase:01 - Side C "The Samurai"
「あれは……!」
その様子を見て、チャラ男君が驚きの声を上げる。彼がひと仕事やり遂げた時に見せる〝レインメーカー〟を、敵は市川さんの身体で再現した。
「あいつ、俺のゴールパフォーマンスまでパクって何する気だ!」
「真意は不明ですが、ロクでもないことだけは分かります」
彼はご立腹だが、本来の用途を考えればあちらが本家と言わざるを得ない。労いや賞賛を一身に浴びながら、つかの間の安堵と喜びに浸る彼のほうが異端だ。
レインメーカー、これすなわち雨乞い。人の力が及ばぬことへ、神の助けを求める儀式。天に通じる神降ろしの巫女が、ヒトでなしを喚ぶ託宣なのだから――!
「――チェック。システム、異状無し。各種警告アラート、カット。乱数変換コード、セット」
「な、なんだ?」
「デコーダ、セット。プログラム読み込み。対象範囲設定、宮城県逢桜町全域」
ぱちん。またしても、市川さんに扮した〈エンプレス〉の指が鳴った。
聞き慣れない言葉の羅列とともに〈テレパス〉の通信画面が最小化され、自動的に別のウィンドウが立ち上がったのを見て、女子中学生に憂いの表情が浮かぶ。
「サイバー攻撃、第二波が来るぞ!」
「マジかよサムライさん、俺まだ心の準備できてないぞ!」
「つべこべ言わず頭を下げて、遮蔽物の陰に移動しなさい。さあ、貴女も」
「くっ……あの女、一体何をする気だ……!」
チャラ男君は就職活動を終えた大学生。成り行きで巻き込まれている女子中学生共々、こんな有事とは縁がないはずの民間人だ。
不運な彼らに状況を伝えたところで事態は好転しないであろうが、何とかこの窮地を全員で切り抜けたい。その一心で、私は簡潔に警告を飛ばした。
殴る蹴るといった物理的な攻撃は来ないが、二人はじゃじゃ馬君に倣ってその場にうずくまり、防御の体勢を取る。
「第一段階。入出力ゲート及び汎用通信チャンネル、オープン。セキュリティコード、確認。接続パス入手、解析――完了」
「何……を、言って――」
「これよりフェイズ・ツー、コードR-39A〝サクラウイルス〟の広域展開、並びに連続した感染爆発を開始します」
敵の攻撃宣言を受け、ほんのわずかに視界が揺らぐ。始まった――と思った直後、筆舌に尽くしがたい強烈な不快感が我々四人の脳を同時に襲った。
無理やり表現するなら、そうさな……頭の中に直接手を突っ込み、中身をぐちゃぐちゃにかき回され、そこに植えつけられた何かがみちみちと根を張っていくような感覚だ。
「ニューラル・ネットワーク侵入。制圧開始。進捗率、十七パーセント」
「あたま、が……いたい、あつい――!」
まだ若く経験値が乏しいとはいえ、過酷な訓練を積んだ自衛官でさえも悲痛な声で不調を訴える。普通に生きていればまず体験する機会がない、物理的な苦痛のかけ算が切れ目なく身体を苛んでいるのだ。
割れるような激しい頭痛と吐き気、処理負荷が原因で生じた脳の過熱による体温の急上昇、意識混濁がもたらす過労死レベルの疲労感。それらを一時に味わわされてなお、誰も発狂しなかったのは奇跡としか言いようがない。
「宮城県逢桜合同庁舎、制圧完了。逢桜消防署、逢桜警察署、ネットワーク遮断。逢桜町役場、クラウドサーバダウン。進捗率五〇パーセント。七十四、八十三――」
「た……け、て……だれ、か――」
「みんな、負けるな……しっかりしろ……!」
「成長阻害因子を捕捉。植樹計画に基づき、休眠打破コマンドを実行します」
終わりの見えない苦しみに耐えられず、皆が次々と気を失っていく中、最後まで気丈に抵抗してみせたのはチャラ男君だった。
その様子を目にした〈エンプレス〉は不穏な言葉を口走ると、口の端を吊り上げてゆっくりと彼に近づいていく。
(私の任務は彼の保護だ。チャラ男君が危ない――止めなければ!)
頭では分かっていたが、身体が言うことを聞いてくれない。そうしている間にすぐ目の前まで接近した女帝が、青年の頭に手をかざす。
気配を感じて、彼が顔を上げる。こめかみに〈エンプレス〉の手が触れる。サングラス越しに侵略者と護衛対象の目が合った。合ってしまった。
――一瞬。ヒトの目にはたった一瞬としか映らないわずかな時間で、最後の希望はあっけなく〈エンプレス〉の手中に堕ちた。
「管理者の名において命じます――開花しなさい。サクラサケ」
「ぐぅっ……あ、うあぁああああ――!」
チャラ男君の悲鳴が鼓膜を揺さぶる。ミッション失敗、ゲームオーバーだ。
(すまない……必ず、キミを護ると約束したのに――)
やがて、泥のようにねっとりまとわりつく無力感に圧倒され、私の意識もまた深い暗闇に閉ざされていった。




