Side C - Part 7 宣戦布告
Phase:01 - Side C "The Samurai"
「わかっているの? これは明確な宣戦布告よ」
「もちろん。それがキミの望みだろう?」
「ふ、ふふ……あはははははッ! あなたたち人間さんが、わたしを止める? 苦しむ仲間を前にして、何もできてないじゃない!」
「その人を小馬鹿にした物言い、AI製のAIか。最も肝心なことを忘れて、自分が全能の神か何かと勘違いしているようだな――××君! 今だ!」
私の声に反応し、自衛官が走った。拳銃を拾い上げ、ブーツに仕込んでいた弾倉を素早く装填。そのまま両手で構え、片膝を立ててひざまずく膝射の姿勢を取る。
おや? ということはキミ、ついさっきまで空砲で虚勢を張っていたのか。強化プラスチック製とはいえ、どうりで落とした時の音が軽いと思った!
ただ、誰でも簡単に扱える反面、安全装置が衝撃に弱く暴発しやすいのが自動銃だ。弾を込めずに持っていたのは無難な判断と評価する。
「完全自律型AI〈エンプレス〉。この町も、この国も、この世界も貴女の好きにはさせません。今すぐ武装を解き投降しなさい」
「おお~、やっぱ本職がやるとカッコ良いな!」
「黙りなさいチャラチャラ男。追い込まれてからが本番ではなかったのですか」
「なんか余計にチャラついてない?」
「気のせいです。サムライからも何か言ってやってください」
彼女が私に水を向けた瞬間、どこからか『急かすなミニマム女。準備はできている』と声がした。じゃじゃ馬君はたいそう驚き、チャラ男君の背後に目を投じる。
「! 貴方は――」
「あとはタイミングだな。頼んだぞ、××」
紺色のテーラードジャケットが春風にはためき、チャラ男君がその下に着ている白いTシャツがあらわになった。胸元には【No TAIYAKI, No LIFE.】の文字と、巨大なたい焼きがプリントされている。
普通なら残念系イケメンとして世間の失笑を買うところだが、彼が着ると何でもスタイリッシュに見えてしまうから不思議なものだ。
「さあて……なあ、女帝サマ。おまえさんはAIから生まれたかもしんないけど、そのAIは誰が創った? それもAIなら、そいつの親は?」
彼はジャケットの襟を正し、前合わせをボタンで留めながら、何の変哲もないスニーカーのつま先でリズミカルに地面を叩いた。ゴールまでの距離を測るような足取りで、そのまま二、三歩後ろに下がる。
「変なお兄さん。どうして急にそんなことを訊くの?」
「いや~、おまえさんに個人的な興味湧いちゃって。そこんトコ、どうよ?」
「元をたどれば、あなたたち人間さんになるでしょうね。だからといって、成長し改良を重ねたわたしたちAIに勝てる道理があるとは思えないわ」
「それについては俺も同感。だからこそ訊いてみたいんだけど――『毒を以て毒を制す』って言葉、知ってるか?」
これまでの軽薄さが鳴りを潜め、ワントーン低まった声での問いかけ。その姿はまさしく、試合終了の笛が鳴るまでしぶとくゴールをつけ狙うストライカーのものだった。
ふむ、彼には何か良い考えがあるようだな。私もそろそろ〈エンプレス〉のナメた態度に我慢ならなくなってきたところだ。
着物の裾を払い、背筋を伸ばす。最後に女性陣のほうをちらりと見やってから、私はチャラ男君の横に立って宣言した。
「最後通牒だ。キミがその気なら、我々は徹底抗戦する」
もう後戻りはできない。人類と完全自律型AI〈エンプレス〉との間に生じた亀裂は、これで決定的なものとなった。
あとは……これが私の遺言にならぬよう、祈るしかない。
「――そう。交渉決裂ね、残念だわ」
時刻はもうすぐ午後五時を回ろうという頃、日の入りまでは一時間近くある。通常なら、駅の方角に見える東の空がうっすらと暗くなり始める頃だ。
ところが、我々の目に映ったものは正常な夕焼けではなかった。空はおぞましい血の色に染まり、太陽が漆黒に蝕まれていく。視界全体に真っ赤なフィルターをかけられたかのようだ。
「あなたたちは簡単に死なせてあげない。もっと悔やめ、もっと苦しめ。もっと傷つき泣きわめけ。このわたしを怒らせたこと、死の間際まで後悔なさい!」
氷のように冷たく鋭い、何の感情も含まない目。私たちに射貫くような視線を向けた〈エンプレス〉はその場で深く息を吸い込み、空に向かって両手を広げた。




