Side C - Part 6 想像力は人を殺す
Phase:01 - Side C "The Samurai"
「バカな! あまりにも非現実的、あり得ない話です。我々はすでに貴女の術中にあるというのですか」
「ここは、なりたい自分になれる場所。想像力の限り、いくらでも現実を変えられるのよ。どう? とっても素敵な理想郷だと思わない?」
じゃじゃ馬君の問いに対し、相手はこの世界を形づくる技術……イマーシブMR、超高精細の没入型複合現実を、あたかもご都合主義の空間であるかのように評した。
(だが――)
私が思うに、その認識は誤りだ。MRは決して万能の技術ではない。想像力依存で認識をねじ曲げる、という仕組み自体が弱点でもあるからね。
例えば、私がかまいたちだ何だと適当な理屈をつけ、サムライらしく〈エンプレス〉を斬りつけたとしよう。ただ一瞬、間合いの外からでも「攻撃が通じる」と相手に信じ込ませてしまえば私の勝ち。斬られた――と思った瞬間、女帝の身体は実際に斬られたと勘違いして勝手に裂ける。
(しかし、私は幼い頃に示現流を少々かじった程度。自分でも信じられないことに、このナリで真っ当な流派の剣術を修めていないんだ)
あまり考えたくはないが、逆に敵から攻撃そのものが成立し得ないハッタリだと見破られたら万事休す。起死回生のダイレクトシュートも、滑稽なパントマイムに成り下がってしまう。
ちなみに、示現流は威圧も戦術のうちでね。私のはなんちゃってだが、刀を抜かずに事を収めようとする方向性はあながち間違っていないと思うよ。
「想像力は人を殺す。俺が自制できる男で命拾いしたな」
「ああ、つまらない。つまらないわ。わたしはお兄さんのサッカーが観たいのに、ボール捌きすら見せてくださらないなんて」
「俺に生首リフティングでもさせようってか? 交渉の余地なくお断りだ。そんなド外道サッカー誰がやるか!」
「大丈夫よ、心配なさらないで。ヤジはわたしが許さない。あなたを悪く言う人間さんは、ぜーんぶわたしが消してあげる!」
話が通じず絶句するチャラ男君を前に、女帝は平然と言ってのけた。まるでそれが彼の立場を想うがゆえの善政であり、自分は聖母のごとく慈悲深いのだと言わんばかりに。
「どう? 夢のようなシチュエーションでしょう? あなたの一挙一動に世界が震え、一言一句に熱狂する。世界があなたに恋をするの」
「俺にレッドカード出したら死ぬ? そんなバカげた話あってたまるか。アンチってのは結果で黙らせるもんだ!」
わたしは本気よ、と〈エンプレス〉は笑顔で付け加えた。チャラ男君とその輝ける人生を否定する者は誰であれ目障りな虫。だから潰すのだと、女帝はのたまった。
「間違ってても間違いと言えない、嫌いなものを嫌えない。ハリボテのファンなんざ要らねえよ。そんなくだらない理由で人を殺すな!」
「そう、そうよ! そういうのが見たかったの! 神様のように気高いあなたが、感情を剥き出してただの獣に堕ちる姿をね!」
バーチャルと現実との境界を見失っては、取り返しがつかない。空に飛び立とうとするならば、一呼吸置いて考えねばならない。背中に翼があるように見えても、現実の人体にはそんなもの生えているはずがないのだから。
想像の産物が現実と化し、妄想が力を持つイマーシブMR。人類の可能性を広げ、幸福度を引き上げる一方、あり得ない理由でもあっけなく死んだり殺されたりする無法地帯。
ゆえに「想像力は人を殺す」……か。言い得て妙な金言だ。
「最ッ低だな。出る杭を打つ人間も嫌いだが、お前は別格だ。くたばれ」
「うふふ、その目、その殺意! ゾクゾクするわ!」
刻印の痛みで座り込んでいた女子中学生が再び立ち上がり、女帝に向かって中指を立てた。
彼女に続いてチャラ男君とじゃじゃ馬君、そして最後にこの私。図らずも人類代表となった四人が、横一線に並んで〈エンプレス〉と対峙する。
「はッ……まだ気づかないか、ポンコツ女帝」
「はい?」
「人間様に謝るなら今のうちだぞ。謝っても許してやらないがな」
私は知っている、と少女は続けて暴露した。この事件は、敵が真の目的を果たす前段階として行った臨床試験。被害規模をあえて三万二千八百六十一人の逢桜町民と、その総人口の数倍はいる我々観光客のみに抑えているのだと。
余裕ぶっていた〈エンプレス〉の口元が引きつり始めた。自分しか知り得ないはずの計画内容がバレているのだから、焦って当然だがね。
「どうした? ずいぶん顔が青いぞ。さっきの余裕はどこへ行った?」
「……やめて」
「人智超えを経験した完全自律型AIともあろうものが何を恐れる? 自分という存在が丸裸にされていく気分はどうだ」
「違う――違う、違う違う違う! アイデアをくれたのはあなたと同じ人間さん。わたしの計画は完璧よ! こんなエラーあり得ない、あるはずない!」
「アイデアを『くれた』だと? お前は澪の小説を盗んだんだ! お前が本物の〝神〟でない限り、私たちに負けはない!」
小説を盗んだ――。少女の発したその言葉が、散らばった点と点をつないでゆく。
ここは、複合現実によって小説の世界観に上書きされた実在の町。〝神〟とは物語の作者、この場合は〝ミオ〟という人物を指すネットスラングだ。
この女子中学生は、言うなれば〝神〟の使い。現状唯一のキーパーソンであり、戦う手段を持たない代わりに、この場で死ぬ可能性は低いと考えられる。
本人に自覚はないようだが、おそらく彼女はその役割を帯びた状態で我々の前に現れた。物語が正しい筋書きに沿って走り出し、予定調和を呼び込むために欠けてはならない要素なんだ。
で、あるならば――彼女は作者からの手厚い加護、主人公補正のようなものを受けていて然るべきだと思わないか?
(もしもこの子を殺そうとするなら、〈エンプレス〉は先に原作者を討って〝神〟に成り代わる必要がある。もちろん、敵がシナリオを直接改変する手段や権限を持っていない前提での話になるがね)
つまり、女子中学生を保護することは原作者への加勢を意味する。彼女の側とみなされれば、我々も〝神〟の加護にあずかることができないだろうか。
我々は誰を敵とし、誰の手を取り、誰の味方として立つべきか。この瞬間、我々の取るべき行動と進むべき道は定まった。




