Side C - Part 5 〈五葉紋〉
Phase:01 - Side C "The Samurai"
答えは実に明白だった。敵の顔から、わずかに残った笑みが消える。侵略者は怒りといら立ちを押し殺し、女子中学生を睨めつけながら答えた。
「……あなた、どこまで知っているの?」
「さあな。知りたいなら、私の脳内を盗み見れば済むことだ。わざわざ訊くまでもないだろう」
「なんて卑怯な人なの。自分だけ高みの見物だなんて」
「卑怯? お前に言われる筋合いは無い。命と尊厳を弄び、残酷な方法で死に追いやり、私利私欲を満たすお前に私を非難する資格は無い」
「――ッ!」
再び〈エンプレス〉が指パッチンの構えを取った。あれを鳴らされては、きっとまた何か良からぬことが起きてしまう。
皆に目配せをすると、チャラ男君がうなずいた。勝ち気な女性自衛官も、口の動きで(いつでもいけます)と応じる。
「……サムライさん」
「ああ。分かっているとも」
我々は必ず、止めなければならない。さらなる犠牲者の発生を。我々は、護らなければならない。事件の鍵を握る少女を。
我々は……先頭に立ち、斃れるその時まで戦わねばならない。この町に根差し、ここに集った、一人でも多くの命を救うために!
「私は――私たちは、お前を許さない!」
女子中学生が発した魂の叫びを合図に、私たち三人は地を蹴った。目標は一人、我々にとっても誠に遺憾な結論だが――市川さんの肉体には死んでもらう。
こんな時のために防衛装備品を携行しているじゃじゃ馬君が、迷わず懐に右手を突っ込む。部下としては難ありだが射撃の腕はピカイチ、という派遣元の触れ込みはあながち間違いではないらしい。
アスリートのチャラ男君は、その身体能力こそが最大の武器だ。瞬発力を惜しげもなく発揮し、一歩抜きん出るあたりに私は彼の本気を見た。
そして、二人に負けていられない、と私も太刀に手をかけたその時――
「ぐっ!?」
「う……っぐ、あぁぁぁぁぁ!」
「いつっ――なん、ですか……これは……!」
突然、手の甲に焼けるような熱さと鋭い痛みが走り、我々はその場に膝をついた。額に脂汗がにじみ、悪寒が走る。動悸と身体の震えが収まらない。
自衛官が得物を取り落とした。カラカラと乾いた音を立てて、自動拳銃が路上に転がる。暴発せずに済んだのは不幸中の幸いだ。
敵にそれを渡すな! と指示を出そうにも声が出ない。口は開き舌も回るが、発したはずの声が聞こえない。他人はもちろん、自分自身にさえもだ。
(まずいぞ! 意思疎通が取れなければ、我々の連携はあっさり瓦解する。我々もまた〈Psychic〉を介して、身体機能へ直接干渉されたというのか?)
身振り手振りでどうにかじゃじゃ馬君へ意思を伝えようとしたが、〈エンプレス〉には十分すぎるほどの時間を与えてしまったようだ。
女帝は自身の能力を誇示するように、我々の得物を手に取ることなく、たった一瞥でその仕様を正確に分析してみせた。
「まあ、怖い! 本物のピストルだわ。九ミリパラベラム弾九連発の〝願い〟ですって。皮肉な名前ね、どこで手に入れたの?」
「誰が……言うもの、ですか……!」
「その剣も素敵! カタナ、あるいはサムライブレードというのでしょう? 本物なの? 真剣よね。あとでぜひ抜いてみてくださらない?」
「刀は……武士道の、魂だ。いたずらに……抜くものでは、ない……!」
これから首を刎ねる反逆者たちの品定めをするように、口元を吊り上げた〈エンプレス〉はヒールの音を響かせながら我々の前を歩き回った。
「わたしの目から見ても、お兄さんは名選手よ。まるでサッカーをするために生まれてきたみたい」
「人呼んで……和製、コンコルド。エースより恐れられる、11番……っ、だからな……!」
じゃじゃ馬君と私、チャラ男君の前を通って、女帝は中学生の正面に立った。見上げる告発者と見下ろす侵略者、ふたりの女性の視線がかち合う。
「それは〈五葉紋〉。あなたを輝かせるしるし。あなたという人の生き様を、あまねく世に知らしめるもの」
「この刻印のことか。何のためにこんなものを?」
「チャンスは一人あたり五回。一画ずつ使うもよし、一気に使うもよし。使い方は自由だけれど――ご利用は計画的に、ね」
「使う?」
「あなたの強い想いとともに、お空へその手を高く掲げて。そうすれば、ピンチがチャンスに変わるかもしれないわ。うふふふふふふ!」
激しい痛みと熱を感じた右手の甲に目をやると、ちょうどまばゆく光るひし形の紋様が中指の根元付近に刻まれたところだった。
ひとつ、またひとつと増えていくそれらは「葉」だというが、放射状の配置も相まって桜の花のようにも見える。
手に刻印されるという事象が(でっち上げられた)事実として存在するなら、そこにしるしがあって当然だ。自分の身に覚えがあるか否かは関係ない。
これが、これこそが因果の逆転による事実誤認。仮想世界で与えられた虚偽の情報を信じることで、現実の認識が書き換えられた瞬間だ。
「――ようこそ。理想と現実がつながる新世界、イマーシブMRへ」
リポーターの顔をした〈エンプレス〉は、「女帝」という字面から連想されるイメージどおり、勝ち誇る独裁者のようにほくそ笑んだ。




