Side C - Part 4 彼と彼女の名推理(下)
Phase:01 - Side C "The Samurai"
「あんたはさっき『これが〈Psychic〉の闇だ』なんてのたまったけど、こいつはそんな生ぬるいモンじゃない。科学的な呪いです」
「科学的な呪い……人間の脳と身体に、致命的な勘違いをもたらすほどの強烈な自己暗示。集団催眠・洗脳、マインドコントロールとも言い換えられるな」
「思い込み、覚めない夢の先。現実と仮想世界は〈Psychic〉の見せる複合現実、MRによってひとつになる。あんたが〈エンプレス〉なら、その先はどうする?」
「現実と仮想世界の融合――そうか、事実誤認による結果の改竄! サイバー空間から現実世界に虚偽の情報を流して誤解を招き、ヒトもモノもいいように転がす。自分にとって都合の良い既成事実を作るつもりか!」
私は深く考えず思ったことを口にしただけだが、どうもその中にチャラ男君が最も恐れる耳の痛い表現が含まれていたらしい。
ちょっとしたいたずら心を覚えた私は、端正な顔を引きつらせ「……サムライさん、俺にダイレクトシュートでぶっ刺さる話やめてくんない?」と言ってくる彼に笑顔でこう返答することにした。
「それを言うならクリティカルヒットだよ」
神話によれば、災厄と絶望を吐き出した箱の底には「希望」が残っていたという。その光に相当するかもしれないチャラ男君は、またしても予想外の輝きを見せてくれた。
考えるまでもなく、正答をつかみ取る直感。動物的本能、生存戦略、究極の順応性ともいえる才能。それこそが、この小柄で生意気な青年をサッカーの天才たらしめた要因の最たるものだ。
「俺が思うに、MRってのは因果が逆転した世界なんですよ。五感を介して得た情報で脳が錯覚を起こすと、誤った認識が心身に伝わり、様々な誤作動が起きる。ディレクターのおっさんとリポーターのお姉さんは、そのせいでああなったワケだ」
――ああ。
「サッカーでいうと、無理な競り合いが原因で足首を捻るんじゃない。ケガをすることになってるから、足首を捻らせるために競り合いが起きる、みたいな。こういうの、予定調和っていうんでしたっけ?」
××君。キミという人間は、本当に――
「つまり……死亡フラグを折らない限り、運命が俺たちを殺しに来る。どうです? 俺の名推理。ちょっとカッコ良かったっしょ?」
今なら分かるよ。サッカー界のみならず、スポーツ科学を専門外とする研究者たちまで、君にいたくご執心だった本当の理由。
彼らの推挙によっていち早く次元の壁を越え、あべこべな世界に高い適性を示したキミは――究極的な進化を遂げた人類の理想形にして、極上の被験体であったはずだ。
「すごいな。りょーちんナンバーワン」
「その掛け声は今季の初ゴールまで取っといてください。待ってろよ、サポーターのみんな! 今年こそJ2昇格しようぜ!」
「キミには驚かされてばかりだよ。どこでその洞察力を身につけた?」
「どこで、って言われても。ボールと身体、精神をコントロールするのはお手のものなんで」
おいおい、素でそう思っているならとんでもない天才だぞ。軽く冗談めかした反応を返すと、チャラ男君は白い歯を見せて得意げに笑った。
「それはどうも。よく言われます」
私たちが能天気な会話をしている間に、ディレクターの男性はさらに無惨な変身を遂げていた。漏れ出した体液が服と路上に染みを広げ、張り詰めたジーパンの尻が音を立てて裂けたかと思うと、血と汚物にまみれ強烈な臭気を放つ肉塊が路上にまろび出てしまう。
そう、被害者が体の穴という穴から生み出しているのは――彼自身の、内臓だ。
「そこの男二人、私も話に混ぜろ。中学生にも真実を知り、意見を言う権利はあるはずだ」
長い黒髪の少女が立ち上がり、こちらに向けて声をかける。明らかな敵意を向ける存在に興味が湧いたのか、女帝は目を輝かせ花が綻ぶように笑った。
――が、直後に一転して口元をゆがめた〈エンプレス〉は、足元に転がる肉色の芋虫へこれ見よがしに赤いピンヒールを叩きつけた。
「おごっ、げぶっ! おぼぁあぁぁぁ!」
『いやあぁぁぁぁぁ! やめて! やめ……っ、や――あ、あああああぁ!』
おぞましい音を立てながら内臓を吐き出すたび、ディレクターの身体はびくりと跳ね、スピーカーが金切り声をあげた。
聞けば、黙って拳を握り締め、ゆっくりと我々のもとへ歩み寄ってくる少女はまだ女子中学生だという。その勇気は称賛に値するが、若い身空をこんなことに関わらせるのはあまりにも酷だ。
「こんにちは、お姉さん。ご機嫌いかが?」
女帝の呼びかけに応じ、彼女が顔を上げる。その前髪からのぞく黒い瞳は、ひどく挑戦的だった。チャラ男君同様、逆境をものともしない希望の炎がくすぶっている。
それで、私は確信した。この少女もただ者ではないと。
「役者は揃ったぞ、〈エンプレス〉。そろそろタネ明かしをしたらどうだ」
市川さんもどきの表情が変わった。実に意味深な発言だが、一体何のことだ? この子は何を、どこまで知っている?
「タネ明かし? 何のことかさっぱりだわ」
「今から一か月ほど前のことだ。私は友人から、自作小説の下読みを頼まれた。中学生らしからぬ題材もさることながら、驚くべきはその内容だ――」
完全自律型AIによる、通信機器を介したサイバー攻撃。ヒトの人脈をネットワークに見立て、最初のひとりから芋づる式に広がり、あらゆるものを侵して壊す極悪非道のテロ行為。
それから――敵の手に堕ちた市民による、仲間を使った公開処刑。女子中学生が紹介した小説のあらすじは、まさしく今の状況そのものだった。
誰もが驚きに目を見張り、息を呑む。張り詰めた空気の中、少女は確信に満ちた顔で問うた。
「〈エンプレス〉。お前の手口と、実によく似ていると思わないか?」




