Side C - Part 3 彼と彼女の名推理(上)
Phase:01 - Side C "The Samurai"
「そもそも〈Psychic〉は後付けで人間の能力を拡張・増強する道具だ。生身の人体に馴染まず、かえって身体的・心理的な不調をもたらした例が世界中で数多く報告されている」
「無理なドーピングの副作用で、幻聴とか幻覚が出るような感じ?」
「おおむねそのような認識で構わない。今、市川さんとディレクター氏に起きている現象もこれに該当する。機器に宿るAGIが侵入者の攻撃に屈し、主人の脳を乗っ取られてしまった、という前提でメカニズムの話をすると――」
生物は、自身の認識と現実との間に大きな乖離がある場合、その状況に対して強い恐怖や不安、嫌悪感を覚える。
自分は今、どうなっているのか。怖い。これは現実なのか。現実なら、なぜ身体が言うことを聞かないのか。自分は本当に生きているのか――。
ディレクターの男性も、そんなふうに自身を疑った。自分の判断、身体感覚、生きていること自体を疑ってしまったのだ。
「しっかし……あのおっさんには悪いけど、見れば見るほどキモい変身ですね。綿詰めてる途中の縫いぐるみみたいに人体が裏返るとかあり得ないでしょ」
「そうだな。だが、目の前で実際にその信じがたい現象が起きているからには、現実の出来事と認めざるを得まい」
何の気なしに発し、事実を述べただけにすぎない一言。だが、チャラ男君はそれを聞いた瞬間に閃いたものがあったらしく、声を弾ませて私を見た。
「そう――それだ! 俺もその話をしたかったんですよ、サムライさん!」
「うん?」
「信じられないようなことが現実になる、夢のような時間。あの〈エンプレス〉ってやつの狙いは、俺たちに夢を見せようとすることにあるのかも」
現代は情報飽和社会である。人が〈Psychic〉を介して得られるデータの量は、非ユーザーと比較にならないほど膨大だ。
しかし、これらを脳が処理しきれないと、一寸先には闇が待つ。限界を超えた頭脳がさらに感覚を狂わせ、ヒトの自己免疫力と防衛本能を過剰に引き出す。
その過程で快楽中枢をやられ廃人となるか、心身が壊れて廃人となるか――精神崩壊率は驚異の百パーセント、当然治癒の見込みはない。
これは〈Psychic〉がもたらす劇症性・急性の重篤な副反応として、世界的にも問題視されている現象だ。インプラント手術を行えるのが各国の認可を受けた脳外科医に限られるのはこのためであり、内容を理解・承諾した旨の同意書を書く必要があるから、知らずに埋め込むユーザーはまずいない。
だが、恐ろしいことにこの日本では「サイキック酔い」という名称がつけられ、あたかも軽い症状であるかのように誤解されてしまっているのだ。
「女帝サマが人目につくところでおっさんを化け物に変えたのは、きっとそれ自体があいつの目的だったからだ」
「どんな奇跡も、悪夢でさえも、目撃者がいれば事実になる――か。キミの話は荒唐無稽なようで、ロジックとしては筋が通る」
それゆえに、日本政府は〈Psychic〉の開発プロジェクトが始まった段階から研究者たちに中止を求め、国際機関に対しても再三にわたり危険性を訴えてきた。
我々は叫んだ。声を嗄らして叫び続けた。だが、科学者たちは陰謀論だと言って耳を貸さず、世界を変えると言ってパンドラの箱を開けてしまった。
その結果はご覧のとおり。これは、起こるべくして起きた人災なのだ。




