最後の戦い:一般人-2
「おっと、間に合いませんでした」
魔王の言葉に、ユーリの首筋に汗が滲む。構えるのが遅ければ、キラリと輝く刀身にその首を斬り落とされていただろう。魔王は距離をとるように後ろへ飛んだ。
魔王が手に持つ凶器は、剣ではなかった。剣とは違い細長い刀身は、前の世界で昔使われていた日本刀のようであった。
「最初から欲張りすぎましたかね」
おどけたように言う魔王に、ユーリは剣を握る手に力を入れる。
静寂の中、絡み合う視線、お互いの息遣い、服が擦れる音、月が風に流された雲に覆われ始めた時、二人は踏み込んだ。暗闇の中で剣と剣がぶつかるたびに、火花が咲いては散っていく。そして血の匂いが静かに部屋へと充満していった。
雲が流れ去り部屋が徐々に月明かりによって照らされていく。二人は距離を開けて立っている。
「なかなかやりますね」
魔王は感心したように呟いた。刀を右手で持っており、左手はぷらぷらとゆらしながらため息を一つ溢す。
「んー、もう年ですかねぇ」
困ったように笑う魔王は、癖なのかまた右手に持った刀をくるくると回している。余裕そうな仕草からは疲労を感じさせない。一方ユーリはそんな魔王を真っ直ぐ見つめていた。一見大きな傷はなさそうだが、よくよく見ると小さな切り傷が体のあちこちにあり血が滲んでいる。ひりひりと痛む傷を打ち消すように、剣を握る手に力を入れる。
——剣の指導をしてくれたダン様様だ……
ダンへの感謝もそこそこに、気を引き締めなおす。ゆっくり瞬きをして頭をクリアにする。
目の前の男を倒せば世界が平和になり、フローリアを救える。それは数多の物語と同じ終わりを意味する。ユーリはそんな結末を目指しここまで来た。この世界に来てからも、今この瞬間も思いは変わることはない。
「こんどはこっちから行くよ!」
言葉とともに駆け出すユーリに対して、困ったような笑顔のまま迎え撃つ魔王。相手の動きをよく見て、予測する。ダンがじゃんけんを通して鍛えてくれたことだ。
月明かりが注ぐ部屋で、二人の動きはまるでワルツを踊っているようであった。そんな幻想的な空間の底に這う血の匂い。煌めく切っ先はお互いの顔を反射する。
「あなたは誰かを斬ったことはありますか?」
「な、」
魔王の言葉にユーリの動きが鈍くなる。
「あぁ、ないのですね」
確信した声だった。そして冷ややかな視線はユーリを貫く。
モンスターとは違う。話が通じる相手との命のやりとり。今までだって命のやりとりはしていた。ただ相手が自分と同じ人間みたいな形をしているだけで、ただ相手が自分と同じ言語を使うだけで、それだけで剣を握る手は震え、膝は笑う。
「中途半端な覚悟では大切なものを失いますよ」
わからせるかのように魔王の速度が上がっていく。その速度に置いていかれないように食らいついていく。飛び散る自身の血しぶきは花弁のように宙を舞う。




