最後の戦い:信奉者-5
「ぇ…?」とミレイはロイを見ようとするが、頭を押さえられているせいで、見えるのはロイの耳だけで表情を見ることは叶わない。
「ここまでの道は……たのしかったよ」
確かめるように、今までの旅を思い出すように吐き出された言葉にミレイは「じゃあ!」と声を張り上げたがロイが腕に力を入れて、続くはずだった言葉はロイの肩口に埋もれた。
「…だけど、だけどさ、やっぱり……ねーちゃん」
ロイは一つになれないことなんてわかっている。それでも、もう離れたくなくて、ずっとそばにいてほしくて、ひとつになれるように抱きしめる腕に力を入れる。
「その全てを……ねーちゃんと一緒に過ごしたかった」
消えてしまいそうな声だ。
「これから先の人生でも、ねーちゃんがいないなんて…………嫌だよ」
弟から初めての拒絶。
ミレイはただ愛しい弟に、自分が……モンスターがいなくなった世界で穏やかに、誰かを愛し、誰かから愛されながら生きて人生を全うしてほしかった。だから、ここまでの道のりは楽しかったかと聞いた時に返ってきた反応が嬉しかったのだ。ロイが自分以外の人間に目を向け、いろんなものを共有してここまで辿り着いてくれたことが、本当に嬉しかったのだ。
「……もう僕のために頑張らないでよ」
ロイの言葉にミレイは息を飲む。
なぜ魔王の味方になったのか、なぜ出て行ったのか、そして出会った運命とはなにか、何一つ話していない。それなのにロイはミレイが行動したのは、自分のためだったのだと疑うことなく言い切った。
「どうして?」
「……だってねーちゃん、僕のこと好きだから」
まるで世界の常識とでも言うような傲慢な発言に、ミレイは思わず声を上げて笑った。ロイは目を伏せミレイの久しぶりの笑い声を楽しんだ。
「……話したいことが、聞いてほしいことがたくさんあるんだ」
「……はい」
「だから、一緒に帰ろう」
ミレイはロイの力強い言葉に、しとしとと肩を濡らす。それを隠すように明るい声で「無理ですよ」と口を開く。
「私は魔王の味方で、ロイくんの敵なのですよ?わかっているのですか?」
「…わかってるよ」
「わかっていないです。私は人類を裏切って魔王の仲間になりました。……そしてなによりも大切なあなたを自分勝手に傷つけてしまった。だから最期はあなたの手で、」
「死んで楽になろうとしないでよ」
ロイの怒気を含んだ声にミレイは肩を揺らす。
「ねーちゃんの懺悔は聞かないよ。それとこれからの人生で幸せを感じるたびに、僕の肩の傷を見て、壊れた町を見て、魔王によって死んだ人のお墓を見て、誰にも責められることなく、なによりも大切な僕に愛されながら死ぬんだよ。僕の前からいなくなるなんて、もう許さない」
ロイの言葉にミレイは目を見開き、そして静かに手をロイの背中に回した。
「それは……とても重い罰、ですね」
ゆっくりと瞼を閉じたミレイの頬に最後の一滴が流れて消えた。
ミレイの言葉を聞いたロイは、腕が突然だらんと下がった。ミレイが驚く間もなく、その体は後ろへ傾いていく。
「ロイくん!」
ミレイは倒れていくロイの体を支えながら床で正座をし、自身の膝にロイの頭を乗せた。顔を覗き込めば、ロイの顔は青白く死んでいるように見えたが、微かに聞こえる呼吸の音が生きていることをミレイに伝えた。
「これだけ血が抜ければあたりまえ、ですね」
ロイの服は、ロイの肩口から流れでた血で染まっている。もちろん、抱きしめられていたミレイも、ロイの血で服の色が変わっていた。
ミレイはロイの頭を一撫でして、ワンピースの裾を破った。
「私も、治癒魔法が使えたらよかったのですけどね……」
後悔が滲む言葉と溜息を吐き出しながら、自分が刺した剣をロイの肩から抜いた。抜けたと同時に「うっ!」とロイから苦しそうな声が漏れた。
「はぁい、我慢してくださいね」
ミレイは破った裾を包帯代わりに、傷口に巻いていく。巻かれた布は、瞬く間にその色を変える。その様をぼんやりと見つめた。
眠るロイの頭を、ゆるりゆるりと静かに撫ぜる。撫ぜる手に雫がぽたぽたと落ちていく。
二人きりの世界で寝息と、しゃっくりは確かに喜びに満ちていた。




