信奉者の宝物-5
「ここが、彼の部屋だ」
神父が足を止めたことで、ユーリたちも、その足を止めた。
「彼の名前は、ロイ・ターナーだ」
神父が扉をノックしてみるが、中から返事はない。もはや、生活音もしない。
——まさかの完全無視……!
神父はロイの反応を分かっていたのか、そもそも気にしていないのか、怒ることもなくユーリたちへと、顔を向けた。
「1年間この調子でね。なかなか、出てこないのだよ」
神父はわざとらしく、肩をすくめた。
「本当に、部屋の中にロイはいるんですか?」
部屋の中から生活音もしないのだから、ユーリの疑問はもっともだ。
「あぁ、部屋の中にはちゃんといる。ロイが外に出ることは、ありえない」
「なんで、断言できるのよ」
「部屋から出ろ。と姉から言われてないからだ」
——?????
ユーリ、ダン、リリーの三人は、神父の言葉を理解できなかった。いや、理解したくなかった。
「えっと、ん?じゃあ、お姉さまに、お願いをしたら、いいんじゃないですか、ね?」
ユーリは混乱しながらも、それが一番の解決方法であろう提案を神父にしたが、神父は楽しそうに「彼女は今、行方不明だ」と告げた。
——?????????
もう三人には、この神父が同じ言葉を使っているのかも、わからなくなってしまった。
姉から「部屋から出ろ」と言われていないから、部屋から出ないで1年間も引き籠っている少年 ロイ・ターナー。そして、その姉は現在行方不明……
「ちょっと、待ってくれ。姉上が行方不明とはどういうことだ?」
そうである。神父はさらっと三人に伝えたが、一人行方不明者がいるではないか。弟の引きこもりより、姉の行方不明の方がよっぽど重要である。
神父は三人の困惑を楽しんでいるのか、肩を揺らしながら口を開いた。
「彼女は11年前に「運命に出会ったから、私行きます」と言って、この教会を出ていったよ」
「つまり……駆け落ち的な……?」
神父はユーリの言葉に返すことなく、静かにロイのドアを見つめている。
「コイツは姉が駆け落ちしたことがショックで、部屋に引きこもっているってことかしら」
リリーは呆れたように言葉を吐き出した。
「いやそうではないな」
ダンはリリーの発言をハッキリと否定した。ダンの否定にドアを見つめていた神父が、ダンの方へその瞳を向けた。
「ほう、なぜそう思う」
「姉が出ていったのが11年前なら、ロイは引きこもるのではなく探しに行くのでは。そして姉の言うことを絶対に聞くのであれば、1年前にロイはもしかして姉に会っているのではないか」
「そうか!そもそも勝手にいなくなったなら探すはずだもんね!」
ダンの発言にユーリもロイの行動の不可解さに気づいた。そう大好きな姉が出ていくのであれば、着いていくか、探しに行くはずだ。明確に引きこもりを始めたのが1年前とわかっているのであれば、消えた姉が目の前に現れて「部屋にいろ」と命令を出した可能性が高い。
「そもそも、ロイは何歳なんですか?」
姉が消えたのが11年前、引き籠ったのが1年前、確実に15歳以上なのは確実である。
「ロイは今年で17歳、姉のミレイ・ターナーは生きていれば19歳だ」
「え!?じゃあ、お姉さんは8歳の時に駆け落ちしたってことですか??!」
——若いどころじゃない!!!
「運命に出会っただけで、駆け落ちしたと限らないがね」
「確かに年齢が低すぎる気もするな」
「はぁ、」と呆れたようにリリーは息を吐き出した。不思議そうな視線がリリーに集まった。
「恋愛に年齢なんて関係ないわ。アンタたち覚えておきなさい、いつだって惚れた相手の力になりたくて飛び出して、追いかけていくのが人間よ」
それはどこか経験からくるような発言であった。ユーリは「おぉ~~~」と感心したような声をあげている。そんなユーリに、ダンと神父は肩をすくめた。
「真実はどうであれ、ロイにどうやって部屋から出てもらうかだよね」
そう姉のミレイ・ターナーがどういった意図で出ていこうが、今重要なのはロイ・ターナーをどうやって部屋から出てもらうかである。こんなにも四人で部屋の前で騒いでいるのに出てくる気配もない。
「もう一度聞くけど、本当に部屋にいるんですか?」
ここまで静かだと、本当にいるかどうか疑わしい。扉を開けていなくても納得してしまう静かさだ。神父は首を縦に動かした。
「もうぶち破るのが早いと思うわ」
確かにリリーの意見はもっともである。三人の旅が急ぐ旅ではないなら根気よく待つという手もあるが、ユーリとダンは王命として魔王討伐を言い渡されている。急ぐ旅なのは明白だ。
「すみません、ドアの前に行ってもいいですか?」
神父はユーリの質問に答えることはせず、ドアの前から身をずらした。ダンとリリーはユーリの突然の行動を黙って見守ることにした。彼が動いて悪いことが起きたことがないからだ。
——俺はこの物語の主人公だ……きっと、大丈夫だと信じたい……
ユーリは息を小さく吐き出し、意を決したようにノックをした。
「ねぇ、君のお姉さんについて教えてほしい。僕たちは旅をしている。もし特徴とか教えてくれたら、見つけたら必ず連れてくるよ」
ユーリの言葉に神父は眉をひそめた。それはそうだ、彼の発言は神父のお願いと反対だからだ。「部屋から出してほしい」とお願いをしたのに「部屋から出なくてもいい」と言外に言っているようなものだ。それでも中から音はしない。
「君が引きこもっている理由を僕は知らない。教えてくれとは言わない。それでも、もし、君さえよければ、一緒にお姉さんを探しに行かない?」
ユーリの言葉はどこか話しかけているというより、独り言に近かった。誰にも届ける気がないような声量でどこかに落ちていく。
「君がどれだけここで待っていても、時間は待ってくれない。一緒に待ってなんてくれないんだ。」
「そうですねぇ、待ってくれませねぇ」
それは間延びした知らない女性の声だ。四人が女性に驚く間もなくドアはゆっくりと開いた。
「……ねーちゃん」
「はぁい、おねぇちゃんのミレイちゃんですよぉ」
部屋の中にはカソックを着た金髪の男。部屋の外には黒いワンピースを着た金髪の女。女は髪の毛を後ろで結んでいる。
怒涛の展開についていけているのは目の前の姉弟だけである。四人はもう何に驚いていいかもわからなかった。11年前に行方不明になった姉の登場に、生活音すらしなかった部屋から1年ぶりに出てきた弟。
「久しぶりですねぇ、ロイくん」
二人はまるで四人なんて視界に入ってないかのように、世界に二人しかいないとでも言うように見つめ合っている。
「ねーちゃん、もういいの?」
「えぇ。もう覚悟を決めました」
それは、二人にしかわからない会話であった。




