魔術師の初恋-8
リリーはその目をゆっくりと開いた。瞳に映ったのはバジリスクの美しい黄色の瞳ではなく、ユーリの怒っているような、困ったような顔であった。
「なんで?」とリリーの呟きはバジリスクの叫び声にかき消された。どうやらダンが、バジリスクの鱗が剥がれているところに剣を突き刺したようだ。
「なんでってそんなの……」
ユーリは目の前の小さな少女を力強く抱きしめた。きつく、強く、少女の存在を確かめるように抱きしめた。
「なんで、邪魔したのよ!離して!やっと終われると思ったのに!!!」
リリーはユーリの腕の中で暴れるが、びくともしない。暴れるリリーを囲う腕にはさらに力が入った。どうやっても、離すつもりのないユーリにリリーは力を抜いた。
「……どうして?どうして、邪魔したの」
ユーリはなにも言わない。リリーの肩口に頭を押しつけ何かを話すそぶりはない。リリーは魔法でどかしてもよかったが、なぜだかそんな気も起きない。ぼんやりと、ダンとバジリスクの戦いを見ていた。戦場でこんなことをしている場合ではないことはわかっている。うっかり目を合わせてしまえばダンは石になってしまうし、この状態ではユーリもリリーも攻撃を受ければ仮に避けられたとしても、次の瞬間は覚悟した方がいいだろう。
「あなたが気を病むことなんて何もないのよ?アタシは終わりたかっただけ、アッチはアタシを廃棄したかっただけ、利害の一致よ。だから、アタシの邪魔なんてしなくてよかったの。気にせず二人で逃げればよかったのよ」
リリーの言葉にユーリは顔を上げた。リリーはユーリの顔を見て、
「どうして?……どうしてあなたが泣いているのよ?」
二つの瞳から涙を溢すユーリに、リリーは困惑した。
「終わりたいなんて……死にたいなんて、悲しいこと言わないでよ」
ユーリのその言葉にリリーは怒りを隠しきれずユーリの胸板を強く殴った。
「悲しいことですって?あなたにアタシの何がわかるのよ!!!」
「わからないよ!!!」
ユーリの怒気を含んだ声にリリーは目を見開いた。
「……なにも、わからないよ。君の辛さも、怒りも、死にたい理由も、君自身のことも何もわからないよ」
「なら……」
「それでも、死にたいなんて言うなよ。俺は君に出会えて嬉しいよ。それに、君は自分のことが嫌いなのかもしれない……でも、俺は君が好きだよ」
「————」
「俺は長生きする予定だけど、君より先に死んじゃうかもしれない。それでも……それでも、君と俺の時間が重なってる今この瞬間を喜んで、怒って、哀しんで、楽しみながら………一緒に生きてよ」
生まれてからそんな言葉を与えられたことは一度だってなかった。魔法を教えてくれた師匠だって、助けてくれた神父だって、暮らしていた町の人にだって、生んでくれた魔王にだって、確かに言われたことはなかった。
ユーリのへにゃりとした温かな顔を見て、リリーは自身の頬が濡れていることに気づいた。
「あ、れ?アタシなんで……?」
はらり、ひらりと花弁が落ちるように溢れる涙の温度にリリーは胸が苦しくなった。
静かに手を差し出すユーリの手のひらを、リリーは見つめた。
不老不死のリリーにとって日々は生きているとは言えない。だからといって、死んでいるわけでもない。ただ今日を積み上げて、変化なんてなく経験だけを蓄積するだけだ。
「もし俺が死んだら、そのときはリリー……君が俺のこと覚えていてよ。君が俺を覚えてるかぎり俺は君の中で生き続けるからさ」
その言葉にリリーは息を飲んだ。そして、覚悟を決めたように自身の袖で涙を拭い。差しだれたその手を強く、強く、握った。
ユーリとリリーは強く、硬く、その手を握り合った。
「お二人さん、話はまとまったか?なら、早く手伝ってくれ」
「!!」
ダンの声に二人は手を離し、恥ずかしさからかユーリは頬をかいた。
「それじゃあ、サクッと終わらせましょうか!」
リリーは恥ずかしさを打ち消すように声を上げた。ユーリは剣を改めて構えバジリスクと対峙した。
「ポインテッド!」
リリーが叫ぶと、リリーの周りに先端が尖った細長い槍のようなものが5本現れた。「行きなさい!」という言葉とともに、細長い槍のようなものはバジリスクの顔に向かって飛んでいく。ユーリはその後ろを追うように駆け出した。
細長い槍のようなものは見事にバジリスクの鱗を貫通して突き刺さった。バジリスクはあまりの痛みにのたうち回り、その体を壁や床にぶつけている。畳みかけるようにリリーは「ヴァイン!」と叫び蔓でその動きを止めた。ダンは止まった瞬間を見逃さずバジリスクの目玉を潰した。
「ユーリ、今よ!」
「ユーリ、今だ!」
ダンとリリーの声が重なる。ユーリは声を上げながらバジリスクの頭に剣を突き刺した。バジリスクは暴れ続けたが、やがて動きを止めた。そして、その体は黒い塵となって消えていった。
三人はその塵が消えていくのを確認し、本当にサクッと終わってしまったことに、お互いに顔見合わせ笑いあった。




