魔術師の初恋-2
雪山 ???
ユーリは落ちていた。
深く、
深く、
深く、
深く、
深く、
深く、
どこまでも
深く、
深く、
深く、
落ちていた。
雪山には穴がある。目に見える穴であれば避ければいい。しかし、目に見えない穴が存在する。降雪や強風で飛ばされた雪で穴の表面が覆われ見えにくくなる。まさに『落とし穴』そのもの。ユーリはその落とし穴に落ちたのだった。
最初の3分ほどは落ちた恐怖で叫んだり、暴れたりしていたが、なかなか辿り着かない底のせいか落ちることに慣れてきたユーリは、空中で横向きに転がり右手で頭を支えていた。まるで休日のお父さんようだ。
「どこまで、落ちるんだろう俺」
チラリといまだに底が見えない行き先を見て、死ぬことの恐怖よりも、落ちることへの飽きがきていた。なんとまぁ、図太い人間である。
さらに落ち続けて、もしかして底なんてないのではないのかと考えていたら、突然終わりを迎えた。圧迫感を与える穴の中から急に開けた場所へと出た。全然見えなかった底が気づけば数メートル先にまで迫っていた。
「うおわぁ!」
——ヤバイ、ヤバイヤバイ!ぶつかる!!
さっきまで忘れていた、死ぬことへの恐怖が全身を駆け巡る。調子に乗って受け身の体制をとらないでいた罰か———間に合わない!——衝撃に備えてぎゅっと目をつむったそのとき。
「ヴァイン!」
鈴のような声が響いた。
その瞬間、どこからともなく四方から緑色の蔓が生い茂りユーリが床にぶつかる前にその体を受け止めた。
ユーリは想像していた衝撃とは違う衝撃に、ゆっくりとその目を開いた。視界に入る鮮やかな緑。そして僅かな隙間から見える底。そして、自身に大きな怪我がないことを確認したユーリは先ほど聞こえた声の主を探した。
「アンタ、ここに何しきたの?」
先ほどと同じ声が後ろから聞こえた。振り向くとそこには、腰ぐらいまである血のような真っ赤な長い髪の毛を揺らした少女がいた。猛禽類が獲物を定めたような鋭い視線でユーリを見つめている。
「えっと……何しに来たというか………上から落ちただけです」
「はぁ?」
ツカツカとヒールの跳ねる音を響かせながらユーリに迫る女の子は、その回答が気に入りませんというように顔を歪ませた。そして、蔓越しに観察するかのようにジロジロとユーリを見た。
「……あの~~降ろしてほしいな~なんて……」
少女は「はぁーーーーーーーーー」と大きなため息を吐いて、指を鳴らした。そしたら蔓がひとりでに動きユーリをそっと地面に降ろした。
「ありがとう!」
「別に」
ユーリは落ち着いて辺りを見渡した。目の前には自分を助けてくれた少女。上を見れば自分が落ちて来た穴が続いていて、その入口は目視ではハッキリとは確認できない。落ちて辿り着いた底は、どこか研究室のような場所であり、落ちて来た穴とは違い開放感があり、かなり開けた場所である。壁には等間隔に蝋燭が灯っており中の明るさを保っている。家具は机と椅子があり、研究途中なのか書類が散乱し、分厚い本が積み重なっている。本棚も数個ある。そして、2畳ぐらいの雪山の模型があった。
「俺の名前はユーリ」
「あなたが、フローリアライトを抜いたっていう」
少女は驚嘆の声を上げる。
「なんか、恥ずかしいな……」
ユーリは眉を寄せて頬をかいた。
——アンポス村では、あまり浸透してなかったけど、俺が抜いたことはちゃんと広まってるんだ……
「アタシの名前はリリー」
「君が!?」
——この子があの『魔術師リリー』なのか?
「なによ、なんか文句あんの?」
リリーは腕を組み、ユーリを睨んだ。
「ありません!なにも文句なんてありません!」
ユーリは小さく両手をあげて、顔を青くしながら首を横に振った。
彼女は小さくため息を吐いて、机に向かった。ユーリはすることがないので、気になっていた雪山の模型に近づいた。
模型は自分が登ってきた雪山であった。雪が降っていないだけで、そのまま小さくしただけのようなほど精巧な作りであった。
「ん?」
よく観察してみると、なにかが動いていた。それは、人の形をしていた。何かを探しているように動いている。
「それは、この雪山で起こっていることがわかるの」
「まじで?」
「しかも、リアルタイムで起きていることがわかるのよ」
「すっげぇ!!!」
リリーはユーリの賞賛の声に、無い胸を張りふふんと誇らしげだ。
「だけど、完璧ではないのよね」
例えばコレと指をさした先には、先ほど見ていた人間がいた。
「誰かが何かをしているのはわかるけど、それがどんな見た目をしているのか、男なのか、女なのか、なにか武器を持っているのか、わからないでしょ」
「わからなくても、誰かがいて、何かをしているのがわかるだけでも十分すごいのでは?」
「ダメよ!作るなら完璧に作らなきゃ意味がないわ」
リリーは机から持ってきたのか、何かいろいろ書かれている紙を読んでいる。その横顔には確かにこの模型を完璧につくるという真剣さは伝わってくるが、どこか諦めのようなものが滲んでいた。
「……なんのために、これを作ってるの?」
「これを作る意味はないわ、だって暇つぶしだもの」
手元の紙から目も離さずに答える姿は、ユーリの目にはなんだか痛々しく映った。
「アタシには時間しかないから、何かをやるなら難しいことをしたいでしょ」
——そんな、そんな、
「そんな『しかない』とか言うなよ」
思わず出た言葉だった。
だって、あんまりにも悲しい。落ちてきたユーリを受け止めずに、そのまま見殺しにすることだってできたはずだ。そうしなかった。彼女はそうしなかったのだ。
「アンタに……!アンタになに何がわかるのよ!」
リリーは右手をユーリに向けて「ゲイル!」と叫んだ。その瞬間、凄まじい風がユーリを襲い、後ろの壁に叩きつけられた。
「ウッ!」
リリーはユーリのうめき声を聞いて、ユーリに向けていた右手を下に降ろした。同時にユーリを襲っていた風は止んだ。
——あれ?こうゆうときってどんどん強さ上げてくやつでは?
ユーリは疑問に思いながらリリーの顔を見れば、諦めたような顔をしていた。
「急にごめんなさい。お詫びじゃないけど、外の時間はもう夜だから今晩はここで寝ていきなさい。明日の朝、上に戻してあげるわ」
「あ、ありがとう」
リリーは最初と同じ「ヴァイン」と唱えた。そうして蔓が這い、絡み一つのハンモックのようになった。高さも腰ぐらいのため比較的簡単に乗ることができそうである。
「うわぁ!すごい、ハンモックだ!」
ユーリは興奮気味にできあがったものに近づいて、左右に揺らしたり、落ちないかどうか下に押してみたりした。左右にはゆりかごのように大きくゆっくりと揺れ、下に押してみても押した場所は少し沈むが物自体が下に下がることはなかった。
「では、早速」
ユーリは剣や荷物をハンモックの脇に置き、乗り込んだ。上向きに寝転んでみたら、緑の爽やかな匂いと左右に大きくゆっくりの揺れが、さきほど襲われた強風とは違い心地よいそよ風のようだ。まるで芝生の上で寝転んでいるような気持ちになる。
「ありがとう!リリー。快適な睡眠ができそう!」
「満足してくれたようで、よかったわ」
リリーははしゃぐユーリに「そろそろ眠りなさい」と指を鳴らした。灯っていた蝋燭の火が《パチン》という音ともに消えた。
——やっぱり、魔法ってすごいな。俺もダンも使えないからな……
それにパーティーメンバーには後衛も絶対にほしいところだ。別に女の子だから仲間にしたいってわけではないよ。たまたま、リリーが魔法使えて、かつ女の子だっただけで、それに戦力は多いほうが神様を救える可能性が高くなるからであって……と頭の中で誰かに言い訳を始めていたユーリに対してリリーは「おやすみ」と声をかけた。
「お、おやすみ!!」
驚いたユーリは思いのほか大きな声が出た。リリーの表情は暗くて見えないが驚いているような感じがした。
月の明かりも感じることがない山の奥深く。二人はゆっくりと意識を手放していった。
模型の雪山から人が静かに消えたことを、二人は知らない。




