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3(その後の思春期夫婦・2)




「リサ」

「ちょっ……あの、なんと言いますか、自分でも驚いているので少しお待ちください!」


 泣いている事にも驚くが、その自覚が全く無かったという事により一層驚いてしまう。泣き止まなければと思うものの、どうして泣いているのかが分からない混乱がリサをさらに追い詰める。


「あああああちょっと待ってくださいね本当に! これ、悲しいとかではなくて、安心したのとか嬉しいとかそういった陽の感情の暴走なので! ご心配には及びませんから!!」


 最早号泣と言っても過言ではない勢いで涙を零しつつ、しかし口調ははっきりとしている。急激に羞恥心が募り、リサは自分の気持ちを落ち着かせるためにも水を、と椅子から立ち上がった。


 その腕を、ディーデリックが引き寄せる。


 わ、と短い声と共にリサの身体はベッドに乗り上げ、さらにはディーデリックの両腕の中に閉じ込められた。抱き締められている状況にさらに羞恥心が膨れ上がる、その前に。


――怪我人の身体の上ーっ!!


 その一点しか頭にないリサは慌てて身を起こそうとするが、ディーデリックの腕がそれを阻止する。何故に、とリサが見上げれば驚く程にディーデリックの顔が近くにあった。

 軽く、触れるだけの口付けが額に落ちる。そのまま右と左の瞼、そして最後に唇に――


「……よかった、涙は止まりましたね」


 驚きに目を見開いたまま固まるリサの両頬をそっと掌で撫で、ディーデリックは愛おしげな眼差しを向ける。ぶわっ、とリサの全身が朱に染まったのはその直後だった。


「な……なっ!? えっ、あっ……あああああ!?」


 ディーデリックと口付けた事など一度たりとも無い。彼との結婚式はあくまで「偽装」の時に行ったものであるから口付けるフリをしただけだ。偽装が取れてからは、お互い見事な思春期っぷりを発揮しているので当然進展は無く、下手をすれば年若い恋人同士よりも清い関係だというのに。


「きゅっ、急、に、なにを……!」

「貴女に泣き止んで欲しいと思ったら……その、自然に……すみません……」


 真っ赤になって狼狽えるリサにつられたのか、ディーデリックも薄暗い室内でも分かる程に首まで赤く染めている。


「……嫌でしたか……?」


 リサより長身でありがなら、おずおずと尋ねてくる姿はまるで見上げてくる子どもの様で、それはいつもであれば可愛らしいと思える光景だった。しかし、どこか熱っぽく見つめてくるその目付きがどうにもいつもと違い、リサは言葉を発する事ができない。それでも決して嫌ではなかったのだと、それだけは伝えたくて首を何度も横に振る。


「嫌じゃなかったのなら……もう一度、してもいいですか?」


 まさかの続行を希望された。ビクン、と肩が跳ねたのは恐怖や嫌悪ではなく、ディーデリックの放つ色香に完全に呑み込まれたからだ。

 顎に軽く指を掛けられ、ゆっくりと見上げる様な姿勢にされる。吐息が混じり合いそうな距離まで近付くが、ディーデリックはそこで止まった。リサが是とも否とも答えていないからだ。

 だからここは察してくださいよ! と口に出来れば良かったが、こういう人だからこそ自分も惹かれたのだという点でもあるので、リサは懸命に羞恥心を胸の奥に閉じ込めてどうにかこうにか首を縦に動かした。


 ふわりと夜の空気が微かに揺れる。そして唇に伝わる柔らかな感触と、熱。


 先程よりも長い間互いの熱が混じり合う。それだけでもうリサは全身の血が頭に集中したかの様にグラグラとする。呼吸をするタイミングも分からず、息苦しさも増す一方だ。

 もう限界、と根を上げそうになる寸前、ゆっくりと熱が離れる。ハッ、とリサは息を吐き出した。鼓動がやたらと耳に響く。軽い酸欠と、重度の照れからリサはディーデリックの胸元で俯いたまま顔を上げる事ができない。唯一の救いは、この死にそうになる羞恥心を抱えているのはお互い様という所かと、そうやって少しずつ冷静さを取り戻そうとしていたリサであるが、無情にもその相手が裏切ってきた。


 俯いているせいで流れ落ちた髪の間から覗く赤く染まった耳。そこにディーデリックの唇が触れる。あげく、耳の縁を舌先で舐めるものだから、リサは「ひっ」と短くも鋭く叫んでしまう。

 なにを、と驚きと羞恥を怒りにすり替えた叫びを上げようと口を開けば、その訴えごとディーデリックの口に塞がれた。


 熱も、感触も、今し方の比では無い。そこから伝わるディーデリックの思いも。


 唇からリサの全身を浸食していき、そのせいでリサの力は見る間に奪われていく。抵抗らしい抵抗もできない。いや、その意思すらも奪われ、ただひたすらディーデリックの熱に溶かされてしまう。

 触れ合うだけの口付けができただけでも、自分達からすれば大きな一歩と思っていたのはほんの少し前。それが今はもう濃厚な物へと変わっている。息苦しいし恥ずかしい、けれど直接触れ合う事で彼の思いが一気に伝わってくる様で、リサはそれを一つも取り零したくないと思った。

 そうして必死にディーデリックの口付けを受け止めていると、不意に背中が冷たくなった。気が付けば目の前にはディーデリックの顔があり、彼の背後には豪奢な天井が広がっている。ベッドに寝かされているのだと理解すれば、再度ディーデリックの顔が近付く。


「――ってだめです! だめですよディーデリック様!!」


 唇が触れる寸前でリサはディーデリックの頭をガッと両手で掴んだ。ギュン、とディーデリックの眉間に一気に皺が刻まれる。この状態で阻止されてしまえば、ディーデリックでなくともそんな顔にもなるだろう。

 今更、だとかここまで流されておいて、などといった不満が無言の圧力で降り注ぐ様だ。中々進展しない仲を一気に進めるには今しか無い、とはリサも思う。流された形にはなっていたが、それはつまりはリサも同じ思いでいたからこそだ。


 が、しかし、である。


「全治三ヶ月なんですから今は大人しくしていてください!!」

「……俺は大丈夫です」

「大丈夫なわけないでしょう!!」


 繰り返しになるが全治三ヶ月。両足それぞれに大きな怪我だ。どうしたって無理である、色々と。


「とにかく今は怪我を治すことに専念してください!!」

「お気になさらず」

「気になるところしかありませんが!」

「怪我が治ればいいんですか?」

「はい?」

「俺の怪我が治れば、リサは気がかり無く俺に抱かれてくれますか?」

「なっ……!」


 ここまではっきりと求められたのはいつぞやのリサが酔っ払って醜態をさらしたあの時以来だ。いっそ苛烈なまでのディーデリックの熱量に、リサは上手く口が動かずしばらく意味のない言葉を漏らす事しかできない。

 真正面から彼の頭を掴んだままの手も動かせず、そのために視線を逸らす事も出来ない。


「け……怪我、が……治ったら……いいです、よ」


 たっぷり三十程数えた辺りでリサはそう答えた。死ぬ、羞恥で死ぬ、と固く瞳を閉じて悶えていると、ベッドが大きく揺れる。リサの隣に横になったディーデリックが上半身をきつく抱き寄せた。


「わっ!? ディーデリック様!?」


 リサの頭を胸元に抱え込む様にして抱き締めている。軽く耳に触れる指先が熱く、間近で聞こえる心音もやたらと速いので、どうやらディーデリックも恥ずかしすぎて顔を合わせられない様だ。


「全力で治します。一日でも早く」

「……ご無理のない範囲で!」

「速効で治しますから」

「お医者様もゆっくりじっっくり確実にと仰ってましたよ!」

「その時まで我慢するので、だから、……褒美を、ください」


 褒美の内容など考えるまでも無い。ぎゅう、とさらに強くなる腕の力に逆らわず、リサもディーデリックの胸元に顔を埋める。

 過去最高に顔が赤くなっている自信がある。とてもではないが見せられるものではない。それでもどうにかリサは最後の気力を振り絞って答えを返す。


「好きなだけ差し上げますので……きちんと、しっかり、完璧に、治してくださいね」

「――はい、必ず」




 ディーデリックはリサを抱き締めたまま眠りに落ちたのか、気持ち良さそうな寝息が頭上から聞こえる。リサも徐々に眠気が押し寄せては来るが、その度に今の会話が脳内で繰り返され眠気が飛んで行く。そもそもからして、こんなにも密着した状態で眠るなど無理な話で。





 結局リサは朝まで一睡も出来ず、それを見たティーアが新たな誤解をし、ステンからは「お前ら思春期夫婦の後処理をする俺の身にもなれ!」と叱られる羽目となった。

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