迷子の小犬さん
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
また、タイトルと本文中の小犬さんは誤字ではなく仕様です。
交番で猫のお巡りさんが鏡を前に身だしなみのチェックをしていました。
日課の町内パトロールをするときに、だらしない格好や見苦しい格好をしていてはいけないからです。
帽子の形ヨシ!襟元ヨシ!服のしわナシ!ヒゲもピンっ!とヨシ!
一瞬、ヘルメットを被った猫の幻影が浮かんだ気がしましたが、気のせいでしょう。
チェックを終えたお巡りさんは、ようやく町へとパトロールに出かけていきます。
そして、小さな公園の前を通りかかったとき、ベンチに座って泣いている小犬さんを見かけました。
どうしたんだろう?そう思ったお巡りさんは小犬さんの側に駆け寄り、屈んで小犬さんに尋ねました。
「小犬さん、小犬さん。そんなに泣いてどうしたの?」
「わーん、わーん、お母さんとはぐれちゃったの」
お巡りさんは小犬さんの言葉に公園を見まわしますが、お母さんと思われる犬影はありませんでした。
そこでお巡りさんは小犬さんに泣き止んで貰おうと、ポケットから飴を取り出します。
「小犬さん、小犬さん。飴さんがあるよ。これを食べて泣き止んで?」
「わーん、わーん、お母さんから知らない人にものを貰ったらダメって言われてるの」
お巡りさんはびっくりしました。
確かに小犬さんから見ると自分は知らない人だけれど、お巡りさんの格好をしているから、そんなことを言われるとは思わなかったのです。
「そっかぁ、お母さんの言うことをきちんと守って偉いね。僕は猫のお巡りさん、君の名前は?」
「わーん、わーん、お母さんから知らない人に名前を教えたらダメって言われてるの」
お巡りさんはそっかぁ、と遠い目をしました。
お巡りさんの格好をしてるから、相手が、特に小さい犬さんなら無条件に信頼してくれると思っていたのでショックを受けたのです。
「小犬さん、僕の格好を見て?僕はお巡りさんだから、妖しい猫じゃないから大丈夫だよ?」
「わーん、わーん、お母さんからお巡りさんのコスプレをして騙そうとしてる猫もいるから気をつけなさいって言われてるの」
「お母さん小犬さんに何を教えてるの!?しかもピンポイントで猫もいるってどういうこと!?」
いや、落ち着こう、お巡りさんは深呼吸をしました。
確かに制服をコピーして詐欺行為をするという犯罪もあるので、お母さんの言うこともあながち間違ってはいないと思ったからです。
なぜ、猫を狙い撃ちにしてるのかは良く分かりませんが、何か嫌なことでもあったのだろう、お巡りさんはそう思うことにしました。
「小犬さん、これを見て?警察手帳。ほら、写真の人と僕とは同じ人でしょう?だから、偽物じゃなくて本物のお巡りさんだから大丈夫だよ?信じてくれないかな?」
「わーん、わーん、警察の不祥事をゼロにしてから信じろって言えって、お母さんが言っていたの。あと、お巡りさん写真写り悪すぎて怖い」
「おかーさーん!?小犬さんに本当になんてこと言ってるのー!?あと、何気に写真をディスらないで!」
確かに警察が起こした不祥事というものはたくさんあります。
そのせいで警察の信用が低下しているのは事実なので、お巡りさんはなんとも言えない表情になってしまいました。
写真については深く考えないことにしました。
深く考えると心に傷を負ってしまいそうだったからです。
免許証とかの写真って、やたらと人相悪くなることってあるよね!
「え、えっと、それじゃあ、住所を教えてくれないかな?住んでる所、分かるかな?やっぱりお母さんに知らない人に住所を教えたらいけないって言われてる?」
「黙秘権を行使させて頂きます」
「いや、これ取り調べじゃないから!っていうか黙秘権なんて難しい言葉良く知ってたね!?」
急に泣き止んで、大人びた口調で子供とは思えないことを言い出す小犬さんに、お巡りさんは思わず大きな声で叫んでしまいました。
そしてお巡りさんの度重なる叫びを聞きつけたのか、犬の女性が公園へと入ってきて、小犬さんを見ると二人の方へと駆け寄ってきました。
「まぁぁぁ、坊や、こんなところにいたのね?もう、お母さんから離れたらダメって言ったでしょう?」
「お母さん!ごめんなさい!」
どうやら小犬さんのお母さんのようです。
お巡りさんは色々な意味でほっとして、大きく息を吐き出しました。
思ったより小犬さんの相手は大変だったようです。
「お巡りさん、ごめんなさいね?この子の相手をして貰っちゃって。ほら、貴方もお礼を言って?」
「お巡りさん、ありがとう!」
「ああ、いえ、本官はこれも任務ですので。お母さんが見つけてくれて本当に良かったです。小犬さん、もう迷子になったりお母さんとはぐれたらダメだよ?」
お巡りさんの言葉に小犬さんは元気よく頷きました。
「うん、分かった!気を付けまーす!」
「おほほほ、本当にお手数をかけてしまって申し訳ありませんでしたわ。それでは、私達はこれで失礼致しますわね。ご機嫌よう」
頭を下げてそう言うと、お母さんは小犬さんと手を繋いで歩き出します。
それを見送りながら、良かった、本当に良かったとお巡りさんは心の底から思いました。
「坊やったら、本当に心配したのよ?もうお母さんに心配かけたりしないでね?」
「はーい、お母さん。僕も今年で三歳だから、心配かけないようにしっかりするね!」
「うふふ、そうね。坊やも三歳なんだから、しっかりしないといけないわね」
手を振って親子を見送りながら、笑顔で会話を聞いていたお巡りさんは、二人が公園から出たところで大きく伸びをします。
「あぁ、本当に良かった良かった。僕がいることで本当の犯罪者が小犬さんに近寄れなかったって思えば何よりだよね。さぁ、パトロールに戻ろう」
そして猫のお巡りさんは町の安全と平和の為にパトロールに戻っていきます。
小犬さんにいろいろ言われたけれど、お巡りさんとしての誇りと使命感、信念を持って彼は今日も広い町を見回っています。
なぜなら猫のお巡りさんはこの町が大好きだから、この町に住んでるみんなが大好きだからです。
みんなも猫のお巡りさんを見かけたら、元気良く笑顔で挨拶をしてあげて下さい。
みんなの元気な笑顔が、お巡りさんにとって何よりも宝物なのですから。
お読み頂きありがとうございました。