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第88箱


 越冬祭当日の朝。

 空は快晴。気温はとても低いですが、雲一つなく雪などが降る気配はありません。


 そんな澄み渡る冬の空の下、私は――どういうワケか、王都の東、川を挟み複数の森が構成するミダシーズ川森帯(せんしんたい)。その森の一つであるポリフの森と呼ばれる場所にいます。


 これに関してはターキッシュ伯爵たちの動きが早かったと言えるでしょう。


『箱のままでも構いません。是非、サイフォン殿下を応援するべく参じて欲しい。殿下も喜ばれるコトでしょう』


 彼らの根回しが上手く成されてしまった為、そんな表向きだけの気遣いが成立してしまい、越冬祭にて行われる狩猟大会の応援に出席せざるをえなくなってしまいました。


 何を目的にしているのかまでは分かりませんが、何とも迷惑な話です。

 とはいえ思惑通りに動くつもりはさらさらありませんので、こちらもこの状況を利用できるだけ利用しようという話はしてあります。


 そんなワケで、私は川岸に作られた付き添いや応援者の為のエリアにいます。

 私の横には、いつもとは異なり動き易さを重視した格好のサイフォン様がいました。

 今日は剣だけでなく、弓も携えていますね。


「今回ばかりは彼らの思惑に感謝しないとな」


 サイフォン様は大変嬉しそうです。そんな顔をされると、来たくなかったなどとは言えなくなってしまうではありませんか……。


「箱の中より、大物を獲ることを……お祈りしております」

「そこは祈りよりも応援が欲しいな」


 言われて、私はおずおずと、口にします。


「……がんばってくださいね。サイフォン様」

「ああ! やる気が出る応援だな!」


 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべます。


 これを見ると、まぁ確かに……ターキッシュ伯爵たちの根回しには、感謝してもいいかもしれないですね。


 ちなみにこの狩猟大会。

 伝統的に忖度なしの本気の勝負をするものとなっています。

 なので、サイフォン様やフラスコ王子など王族が参加しようとも、誰も手を抜いたり譲ったりしません。

 そういう意味では、この大会を好む貴族と好まない貴族がハッキリと別れるようですね。

 騎士のように正々堂々が好きな方々にとっては、大変楽しみなイベントのようです。


 サイフォン様のやる気に満ちているのを思えば、彼もまた好む側なのでしょう。


 しかし、そんな場所で王子殺害を目論むというのは非常にリスクが高い気もしますが……。

 下手したら参加者の多くが敵になりません?


『再三の注意となりまして恐縮ではございますが、応援に来られている方は、この応援者エリアから外へは出ないようお願いします。

 狩猟に参加されている皆さんも注意を払っているとはいえ、大会中は獲物と勘違いされてしまう可能性が大変高くなっておりますので』


 拡声の魔心具で、大会運営の人が注意を促す声が響きました。

 毎年、自分は大丈夫だと応援エリアから飛び出して応援しに行っては、攻撃されてしまう方が少なからずいるそうです。


「モカは誤射される心配なんてなさそうだから安心だ」

「むしろ、そんな危険に……飛び込む人の気が、知れません……」

「参加者以上に応援の熱が入ってしまった結果だろうから。そう言ってやらないでくれ」


 どうやらサイフォン様は、そんな人たちの気持ちも分からなくはないようです。


『また、南側のノールの森では平民たちによる狩猟大会が開催されております。境界付近では獲物の取り合いや、誤射の可能性が大変高くなりますのでこちらもご注意をお願いします』


 ノールの森もミダシーズ川森帯を作る森の一つですね。

 目の前の川を南下していくと、木々の密度が薄くなる場所があり、そこを越えると再び木々の密度が濃くなっていく。そこがノールの森です。

 もう一つの森、フェーノに関しては川の反対岸に広がる森なので、森同士が重なることはないのですが。


「さて、そろそろ時間か。行ってくる」

「はい。お気をつけて」

「そうそう負ける気はないさ。狩りにも彼らにも、ね」


 茶目っ気たっぷりに片目を瞑り、手をひらひらさせながら、サイフォン様は軽やかな足取りで参加者たちの輪の方へと向かっていきます。


 その背中を見て思うのは――やはりがんばれという応援よりも、最後まで無事でいて欲しいという祈りでした。




 そうして、狩猟大会が始まりました。

 森の中あちこちには見聞箱を設置してあるので、色んな場面を見ることが可能です。ちなみにカチーナが一晩でやってくれました。


 さて、サイフォン様の応援をする為に追いかけたいところですが、それ以上にターキッシュ伯爵たちや、その手の人たちの様子を伺いたいところです。


 ニコラス様は大会の場にはいないので、とりあえずは気にしない方向で。狩猟大会の見学はせずに、ご自宅にいるそうです。

 越冬祭中、貴族に家にはお祭り用に準備された特別な加工肉などを商人たちが売りにくるのです。それはそれで楽しそうなんですよね。


 それはさておき、面白い組み合わせの二人が言い争っているのを見つけました。

 その二人というのが、ダンディオッサ侯爵とターキッシュ伯爵です。


『侯爵……どうしてそんなにも止めようとされるのですか。

 貴方だってサイフォン王子を毒殺しようとされたではありませんか』

『あの時と状況が異なる。手法も全く違う。そもそも成人会と越冬祭では環境も条件も違う。

 だからこそ、この場では、其方のやり方はマズいと言っているのだ』


 どうしてそんな単純なことが分からないのか――とでも言うように、侯爵が苛立った様子を見せています。

 ですが、ターキッシュ伯爵の方は意に介した様子がありません。


『もう我々には後がないのでしょう? ならば実行するしかありません』

『それが自殺行為だというのだ。後がないからとヤケを起こすなと言っている』


 ダンディオッサ侯爵が言っていることはもっともです。

 成人会の時、少なくとも侯爵は容疑者にあがりながらも、彼にたどり着く手段はありませんでした。


『何が違うと言うのですか。大勢の人が集まる場という意味では同じでしょう?』


 今回は違います。

 失敗すれば容易に主犯へとたどり着きますし、何より正々堂々と競い合うことを好む貴族が、この狩猟大会には多く参加しているのです。


 成人会の参加者は若者ばかりだったのに対して、今回は幅広い年代の人が参加しているという点も見逃してはいけないでしょう。


『ターキッシュ伯爵、其方がそこまで頑なならば仕方がないな』


 あー……ダンディオッサ侯爵が一瞬すごい顔をしましたね。

 すぐに貴族特有の表情の取り繕いを再開しましたけど……。


『分かった。ならば今回の一件に関するコトは一切、私は無関係だ。

 フォローなどは一切しないし、後始末に付き合う気もない。好きにするがいい』

『認めて下さりありがとうございます。では好きにさせて頂きます』


 そうして二人は別々の方へと去っていきましたが――ターキッシュ伯爵、もしかして気づいてないのでしょうか?

 あれは完全に梯子を外すという宣言に他ならなかったと思うのですけど。


 それはそれとして、良い会話を見られました。

 この映像を知識箱に保存しておけば、良い武器になってくれそうです。


 ふと視線をサイフォン様の映る映像箱に移すと、ちょうど矢を射った瞬間でした。

 茂みの中に矢は吸い込まれていき……。

 ややしてサイフォン様がそこをかき分けにいきます。

 どうやら大きなウサギを一匹、穫るのに成功したようです。


 手慣れた様子で処理をして、共にいるサバナスに手渡しています。


『ウサギとしては大きいが、これだと優勝を目指すには物足りないか』

『質を狙うか数を狙うかにもよりますが……質で優勝を目指されるのでしたら、やはり鹿や猪などを狙うしかないのでは?』

『鹿や猪か』


 うーむ……とサイフォン様は悩んでいるようですが、無理して優勝とかは目指さなくて良いので、できれば怪我なく無事でいて欲しいのですけど……。


『楽しまれるのも結構ですが、例の件への警戒は忘れないでください』

『心配しすぎだリッツ。無論、警戒してないワケではないがな』


 リッツもサバナスももっとサイフォン様に言ってください。

 こちらとしては、それがとても心配なのです……。

 手を回し、警備を密かに強化しているということは分かっているのですけど……。



 しばらくは何事もなく、大会は進んでいき――中盤に差し掛かった頃。

 参加者のほとんどが最低一匹は獲物を仕留め、準備運動ともいえる序盤戦が終わったあたりです。

 ここから大物狙いや、大量狙いを初めて参加者が大きく動き出し始めたタイミング。


 そこで、大会に潜む悪意たちも行動を開始したようです。



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